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節分会

不動ヶ岡不動尊と呼ばれるお寺で380年以上の続いている節分会。
「鬼追い式豆まき」というのがどんな風に行われるのだろうか。

場所は埼玉県加須市。
東武伊勢崎線で久喜まで上り、館林行きに乗り換えて加須駅で下車。
駅からは二キロほど離れている。
北口をでて案内板のひとつでも出ているかなと思ったら何もなく、
二番乗り場のバス停で時刻表を確認したら、一時間一本程度の運行頻度だった。
バスが定刻になってもなかなか来ないので、歩きかタクシーかなどと悩んでいたら、
無事にバスの姿が見えた時はほっとした。



数万人訪れると書いてあったが、平日の正午のせいか都心ほどの混雑はなく、
出店や参拝客でにぎわっていた。
(写真でみるとかなり混んでるね)



「始めます」の合図があってから、しばらくお経が続き、
鬼を呼ぶための儀式であったのだろう、赤鬼、青鬼、黒鬼が本殿の奥から現れた。
赤鬼は長さ三メートルほどの長い箒のような棒で松明をつくり、
それを持ったまま、境内の周辺をぐるぐると回りはじめた。
松明が短くなるまで、かなりの間それを振り回した後、鬼は中へと姿を消していった。



次に出てきたのは、豆まきのために出てきた代表者。
市長や学校の理事長、芸能人の方々である。
一通り挨拶をすませると、大勢の観客に対して豆をまき始めた。
豆だけでなく、小銭を包んだ白い紙や菓子も飛んできた。
私が立っていた場所、境内に向かって右端の方にはなかなか飛んで来ず、ただ傍観していたのだが。

豆がまかれた瞬間に飛びつくようにして出てくる手や人の群れが、
なんというか、池の鯉に餌をやっている時の光景と重なって仕方がなかった。
民衆は鯉と同じか…



帰りはお寺から出て左側に続く道に並ぶ、地元の方々による出店をぶらぶらと見てまわり、
そのまま駅まで歩いて帰った。

松明を持って踊った“赤鬼”は「貪欲」を意味し、すべての悪の象徴だという。

「鬼」がもし人から生まれた「悪」だとしたら、
それを追い払う儀式は人にとって大切な浄化作業だ。
だがその「悪」が「鬼」となって目の前に現れた時、
それは自分とは異なるものだと認識し、
己から生まれてきた「悪」だと気づくことは難しいように思う。

「悪いことしたら鬼がくるよ」と、こどもに脅しをかけるみたいに、
大人に対しても人々の中に隠れている悪意を戒めるために、
この儀式はあるのかもしれない。

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