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パン種とタマゴ姫

ジブリ美術館の『土星座』は80人が入れる小さな映画館。
一時間に3回、20分おきに上映をしていて十数分の短い映画を流している。

宮崎駿監督の新作『パン種とタマゴ姫』が上映されると知って
吉祥寺まで行って、井の頭公園をぶらぶらしながら歩いて
美術館までいってきた。行くのは2回目。数年ぶり。

土星座の前のホワイエの空間は、次の回の上映を待つための場所で、
ここの床はいろいろな形のタイルを埋め込んだ模様があり
うねうねと盛り上がっていて、平らじゃない。

この平らじゃない「うねり」を見るたびにわたしはフンデルトヴァッサーを思い出す。
ウィーンで見たフンデルトヴァッサー美術館の床も
こんな風にうねうねと盛り上がっていた。

待っている間、小さいこどもたちが、
そのうねうねのところで、のぼったりおりたりして、
楽しそうに、キャッ、キャッ、と遊んでいて、
ほんのちょっとした大したことない「でっぱり」なんだけど、
その「でっぱり」のところの白い壁が少しはげていて、
これまでも多くのこどもたちを楽しませ、
待つのにも飽きさせないようにしていたのだと思った。

はしゃいでグルグル回るこども達の様子がおかしくて、
くすり笑うと、
横にいたアメリカ人女性と目があって、一緒に笑った。

最初の数分間は、
これまで土星座で上映してきた作品のダイジェストが流された。
美企画展示室でも、これまでの短編映画の紹介があって
いろんな角度から楽しめるようになっていた。

http://www.ghibli-museum.jp/welcome/cinema/

『パン種とタマゴ姫』は、12分間のセリフのないアニメーション。
たった12分間の中に展開される壮大で奥行きのあるファンタジー。
いきなり異世界へ連れ去ってくれる作画が、背景画が、動きが、
ひとつひとつが見逃せなくてまばたきを忘れる。

物語は少女の成長物語。
タマゴ姫は水車小屋に住むバーバヤーガ(スラヴ民話に登場する妖婆)にこき使われている。
ある夜、こねていたパンが生命をもって動き出すのをきっかけにして、
パン種と一緒に水車小屋を出ていく。
麦畑を越えた向こう側の町では、たくさん麦がパンをつくるために使われている。
バーバヤーガは臼と杵に乗って空を飛んで追いかけてきたが、
タマゴ姫とパン種は逃げ切れるでしょうか?というお話。

タマゴ姫はこれからの将来や未来が期待される感じで終わる。
少年漫画でいうところの「俺達の闘いはこれからだ」のような、
少女版「わたしの旅はこれからよ」というような感じだ。

金色に輝く麦畑。

たくさんのウサギたちが挽く麦粒。
どんな形にもなるパン種。

魔法をかけたみたいに、
パン種はパンになる。

企画展示の中に書かれてあった宮崎監督の言葉。

麦の粒は臼で挽かれて一度死に、
パン種と生まれかわり、
パン種はかまどで焼かれてもう一度死に、
パンに生まれかわるのだ。

死ぬのは終わりじゃない。
生まれ変わるために死ぬのだという表現に感動した。

パン屋やスーパーやコンビニにいけば、
いつでも、手軽に手に入るパンのことを、
麦を育てるという農業、
粉を挽き、造り出す仕組みは技術、
そういう生きるための必要な世界を
こんな風にメルヘンな世界として
こんな想像力豊かな世界として生み出せる監督は
改めてすごいなと感じたのであった。


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