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Nスペ「夢の新薬が作れない~生物資源をめぐる闘い~」

10月11日にNHKで放送されていた、
NHKスペシャル『夢の新薬が作れない~生物資源をめぐる闘い~』を観た。

まさに今、COP10(生物多様性条約第10回締約国会議)が
名古屋で開催されていることもあって、
この放送は一般の人にCOP10への興味をもたせるためには
とても分かりやすい番組だった。


薬っていうのは、化合物なんだけど、
新しい薬を見つけ出すためには、膨大な化合物の中から使えそうなものを
例えばコンピューターなどを使って絞り込み、候補を見つけてから
実際の実験に入ったりするのだけど、
そもそも、コンピューターで処理する場合にはそれを計算に用いている情報が大事で、
その情報は既に知られている化合物が元になっているから、
似たような薬を作るのは得意だけど、画期的なものを生み出す力は弱い。

そこで、自然界にある様々な資源(たとえば植物ね)に存在する成分の情報を加えて
薬になるものを探すという方法が取られている。
しかし、地球上にある植物も膨大にあるため、どれがどんな病気に効くのか調べるのも
骨の折れる作業だ。
そこで、例えばアマンゾンなどの未開の土地に生えている植物のうち、
薬に使えそうなものを現地の先住民などに尋ねて、
代々薬として用いられてきたものを改めて検討材料として、
それを薬として大量生産できないかを検討しているのだ。

すでにそういう生物資源を元に作られた薬は存在し、
たとえば、
熱帯の海にいるヤキイモ貝が持つ毒からモルヒネに勝る鎮痛剤が見つかったり、
アフリカ南部に生えているブッシュウィローという木からは、
コンプレタスタチンという抗がん剤が見つかっているという。
この抗がん剤は、腫瘍細胞を特異的に狙って臓器の血管内に入り込み
血流を止めるという作用を起こすという。
特にこの「腫瘍細胞を特異的に狙う」というところと、
「副作用が少ない」というのだから、疑いたくなるくらい画期的だ。


番組では大きく3つのケースについて紹介していて、
どれも、結局は先進国(製薬会社) vs 発展途上国の対立構造が見え、
つまりは「生物資源」をどう扱うか、という
明確な方針・ルールが定まっていないことが原因で起こっている。
そしてその問題は未だに解決していない。


(1)ドイツで大ヒットの風邪薬「ウンカロアボ」の元となっている
「ペラルゴニウム・シドイデスの根」をめぐった論争と社会問題。

(2)「竜の血」と呼ばれる木の樹液からつくられる下痢薬をめぐって
起こった(1)と類似の政治的問題。

(3)画期的なエイズ薬として注目されている「プロストラチン」の元となる
「ママラ」という植物をめぐって起こった新たな問題。


つづく↓
ペラルゴニウム・シドイデスという植物は、
南アフリカには身近に生息しており、
元々はアフリカ人が喉の痛みや下痢などの症状があった時に、
鍋で煮込み、薬草として使っていたのだが、
それに目をつけたドイツのシュワーベ製薬が「ウンカロアボ」という製品名で商品化したところ
大ヒットしこの10年でそれまでの10倍の売り上げを更新した。

製薬会社は「根」を大量に入手するため、
仲介業者を使って定期的に現地で買い付けを始めた。
しかし、それまで仕事がなかった土地に新たな金脈が生じたアフリカ人は、
我こそがという勢いでペラルゴニウムを採取し、
現在はレッドリストに載るほど激減してしまった。
その後、許可なくしては採取することを禁止したにも関わらず、
無許可で取るものが後を絶たず、
「メーカーは何らかの責任を取るべきだ」と主張するアフリカ側に対し、
製薬会社は「無許可で採取する者を取り締まるのはアフリカ側でやるべきことであり
自分らはどうすることもできない」と主張し、
両者は責任をお互いに押し付けている。


ケース2の場合は、
アメリカのナポ製薬が、ペルーで先住民が下痢薬として効果のある
「竜の血」を製品化しようとしている話である。
これはある木を削ると、赤い血液のような樹液が染み出すため
このような名前がついたという。
このケース2はケース1よりも少し進歩した話で、
製薬会社側はもし薬が売れた場合に、利益の2%を先住民に支払うという
約束をしようと考えた。
更に、丸1本の木から採れる樹液の量が200錠にしかならないことから、
木の根絶を回避するため、植樹活動を行っている。
しかし、ペルー政府は法律で先住民の知識を初めて利用して商売をする場合は、
利益が出ても出なくても10%を政府に、5%を先住民に支払うべきというルールを
設けており、ナポ製薬のやり方を認めていない。
一方、ナポ製薬は「竜の血」は薬として既にペルーで売られているものであり、
指定の金額を支払う責任はないと主張し、
実際にもこれまでその金額が支払われたことはないという。


ケース3は、ケース2にも増して新たな問題を突きつけた。
エイズ薬として注目されている「プロストラチン」は
ママラという植物に含まれる化合物であり、
サモア独立国に生息する植物だという。
アメリカのエイズ研究同盟という公共団体はサモアに資金を出し
この薬の開発を推し進めてきたが、
ある米国研究者が「プロストラチン」の人工合成に成功してしまった。
よって安く大量に化合物を手に入れることが可能となったため、
ママラの必要性がなくなってしまったのだ。
このことで、エイズ研究同盟団体は引き続き資金は出すと主張しているものの
製薬会社はお金を出す気は全くないと考えているようで、
悪く言えば、情報だけ盗まれたような形になってしまったのだ。


COP10でもこれらの問題はかなりの論争の渦中にあるようだ。
最悪のケースは、発展途上国側の規制が拡大し、
開発が断念されたうえ、生物資源も失ってしまうという場合だという。


わたしはそこで思う。
これからも起こるであろう類似の問題が起こる前に早くルールをつくるのは必要不可欠だ。
どちらもある程度の責任を負うべきであって、お金で解決できる問題はお金を支払う。
でも問題はそこじゃなくて、
本当は生物資源をどうやって守るかという話じゃないのか。

製薬会社は「薬が作れない」というけど、
その薬は本当に必要なのか?
確かに薬は必要だし、売れるだけ作りたいのは分かるが、
資源を食い尽くすことは避けられないだろう。
薬に限ったことじゃないけれど、
ヒトが生産を制限しない限り、どんな資源も守れないと思う。


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