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おっぱい

「おっぱい」とは一体何ぞや、と多くの方は思われたことだろう。
気がふれたわけではない。私はいつだって真面目である。
この「おっぱい」というのは文字通り、
胸についてるあのふたつの乳房のことである。

最近、読んだ本でよくこの文字をみかけたせいか、
とてもおかしな現象が起きたのだ。


最初におっぱいという文字をみかけたのは、
「このライトノベルがすごい!大賞」で特別賞を受賞した
『伝説兄妹』という本を読んだ時だった。
この本では主人公である貧乏学生・柏木が自らを天才詩人と自称し、
くだならくも可笑しい詩を書いているのだが、
作中にでてくる詩の中に、
「OH-PAIPAI伝説」とか「一面のおっぱいぱい~おっぱいぱい伝説2~」
というタイトルの詩が出現し、
これが作品の後半で非常に重要な役割を果たすのであるが、
読んでいる方としては主人公への激しい叱咤と突っ込みをしたり
くだらんと言って読み飛ばすかもしれない、
(わたしも少しクスリと笑ったかもしれない)
その程度のことで、
その本はその後、放ったらかしておいた。


その何日か後、森見登美彦さんの『ペンギン・ハイウェイ』を読んだ。
読後、感動してうちのめされた。(読んでる最中もか)
なんとも自然な形で、日常の中の生命と宇宙を感じさせてくれる本で、
すばらしくなめらかな文体で書かれた物語であった。

語り部である小学四年生のアオヤマ君は、
洞察力があって賢く、様々なことを理論的に考えるのがとても得意なのであるが、
行きつけの歯医者のお姉さんを慕っており、
お姉さんのふたつのふくらみ(おっぱい)のことを
至って真面目に気にかけている。
「おっぱいというものは謎だ」
「なぜ彼女のおっぱいは母のおっぱいとはちがうのだろうか。物体としては同じであるのに」
というようなことを考えているのだ。
それはもう愛嬌のあるユーモアたっぷりな思考であり、
大人の読み手としては何ともほほえましいのである。
そしてリアルな小学生に関しても、
四年くらいにもなれば、もちろん、「おっぱい」のことは気になる年代であるのだろう、
と私もなんとなく頷いたのであった。


私の息子は現在小学四年生である。
近頃は、第二次反抗期のはじまりだろうか、
とにかく、意味もなく不機嫌な場面も度々出てくるようになった。
お母さんとしてはどういう態度をとっていいものか、悩みの種である。
ソウタは私がほったらかしておいた『伝説兄妹』を読み始めた。
私は特にそれについて気にかけることもなかったのだが、
何日か後に「おもしろかった」と言っていつの間にか読破していたのだった。


ある日のこと。
いつものように図書館でいくつかの本を物色し、
パパもソウタも長椅子のある場所に借りたい本をまとめて用意し、
本がつみあがったところで私が窓口に持って行き借りているのだが、
奇妙なタイトルが目に入った。

『おかあさんのおっぱい』

ホ・ウンミ(文)、ユン・ミスク(絵)、おおたけきよみ(訳)
の光村教育図書の絵本である。

様々な動物のおっぱいがそれぞれ特徴的・機能的な位置につけられていること、
人間のおっぱいもおなじであり、すごい力があるんだよ、
というようなことが、
クレヨンで塗られたような色調の絵と短い文で書かれていた。

へーこんなの借りるんだ。
何?ペンギン・ハイウェイのアオヤマ君じゃないけど
ソウタもおっぱいに興味あるわけ?

家に帰ってから、ソウタに
「なんでこの絵本借りたの?」
と聞いてみたところ、
「そんなの借りてないよ」と一蹴。
「じゃ、なんで借りる本の所にあったわけ?」
「しらないよ」
「じゃぁ、誰かが置いた本もってきちゃったってこと?」

その後、この本はソウタが借りた本ではないという主張により
それを信じることにしたのだったが。
やはり奇妙なのであった。

なぜおっぱい・・・

ソウタも笑っていたのである。


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