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おじいちゃんの日記

お盆に実家に帰らなかった私は一カ月遅れの墓参りに行くため、
すっかり涼しくなったある日の日曜日に祖母の家を訪ねた。

広々とした一軒家にひとりっきりで住んでいる祖母は思っていたよりも元気そうで、
段々になっている畑では耕運機に乗って土を耕している伯父さんが見えた。
いつもの居間で何をするわけでもなく、
窓から入ってくる心地よい風にあたりながら、母が出してくれたお茶とかを飲んで、
近くで採れたという梨をシャリシャリかじっていたら、
おばあちゃんが
「おじいちゃんの形見に何か上げようか」と言った。

居間にはテレビと応接セットみたいなソファーとテーブル、
それから本棚があって、
十数年変わり映えのない埃のかぶった本の残骸を見て、
かつて私が、物置小屋からひっぱり出したおじいちゃんの日記のことを思い出した。
そして、当時、家に持ち帰りたいと言って断られたことを話した。

母はその本棚から緑色の汚れたノートを取り出してきて
「これでしょ?」と言った。
おそらく1冊500ページはある本のような分厚いノート。
紙はすべて茶色に変色し、ざらざらとした手触りでページをめくると
埃が舞うような代物だ。
表紙には何も書いていないが、中表紙には黒の筆ペンで
『昭和十八年度 日記 人間錬成 学問追究』とあり、
一センチ間隔で引いてある縦線の中に、
最初のページの一行目は「一月一日 曇」で始まっている。
日付は十二月三十一日まで続いており、一日約一ページのペースでそれは書かれ、
最終頁には次の年明けに、その年の「回顧」と称して一年間のまとめが
数ページに渡って書かれている。

ひっぱり出してきたのは昭和十九年から二十二年までの三冊。
おじいちゃんが二十代後半の頃の日記だ。
記憶をたぐると元の物置小屋にはもっとたくさんの日記があったような気がするけど、
おそらく私は終戦頃はどんな生活を送っていたのか知りたくて、
わざわざその年を選んで持ってきたような気がする。

しかしながら、祖父亡き今、これをもらうのは悪いなという気がして、
「いいよ、いらないよ」と遠慮していたのだったが、
母と祖母は、おじいちゃんのその日記をめくりながら、
時々貼ってある新聞の切り抜きの記事なんかを眺めつつ、
何だか楽しそうに「へー」とか言っているものだから、
おじいちゃんに悪いなという気持がどこかに吹っ飛んでしまい、
一緒になってその当時の新聞の切り抜きを見た。

切り抜きの多くはニュースではなく「社説」や
「国民座右銘」という小さい記事であり、
日記の内容も当時の戦争に対する意見とかではなく、
日々の出来事や心の揺れ、
自分を高めるための言葉や格言が書かれているのだ。

おばあちゃんが「持っていきなよ」と言ってくれたので
結局、私はありがたくそれを拝借することにした。
(ネクタイピンとかをもらうよりはずっとこっちの方がいいだろう)
そして、更に欲張って、数センチの埃をまとって数十年放置されていた
『日本の文学 小林秀雄』と『ロシア文学全集Ⅰ ドストエフスキー罪と罰』も
一緒に頂くことにした。
(これも眠っているよりかはずっといいだろう)

肝心のおじいちゃんの日記は、
はっきり言って達筆すぎて実はちゃんと読むことができない。
かろうじて何とか読めるところだけ拾ってページをめくっていくと、
この頃は学業に目覚め最も意欲的な時期でもあったことがわかる。
彼は大検を受けて大学に入学し、必死になって勉強していた。
何があったのかは定かではないが、“親戚ども”を見返すために、
彼は悔しさをエネルギーに変換して、人間を高めることを目標としていた。

そしてそれをちゃんと実現し、結婚をして家族を持ち、
教育者としての道を歩み始めるのである。
戦争になぜ行かなかったのか(行かなくて良かったのか)
それから、原爆投下のあった昭和二十年に関しては、
四月の下旬から八月の終わりまで日記は一行も書かれていないため
その時、どのように過ごしていたのか、何を思っていたのかはわからない。
(あまり戦争のことについては書かれていない)

おじいちゃんは、厳格、頑固な教育者であった。
自分のこどもだけでは飽き足らず、私の進路にも度々口を出し、
両親よりも強面で私を脅す、手ごわい相手であった。
よってかつての私が主張する戯言など彼には到底及ばず、
貧乏だが自由と夢のマンガ家生活はいとも簡単に壊されたのだった。

大学に行かなければ、学歴がなければ周りから馬鹿にされる。
そう切実に感じていた彼にとって、学歴は絶対的価値だったのだと思う。
もちろん、そんな事は少女の頃の私にはわからなかったが、
今なら理解できる。

この日記はとりあえず、天気のいい日にベランダにでも出して、
カビだらけの紙を何とか見れるようなものにでもしよう。
それから、また気が向いたときにでもめくることにしよう。


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