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粟又の滝(養老の滝)の紅葉

2011年の夏に小湊鉄道に乗ってこの養老渓谷まで訪れた時、すばらしい山の景色を見て、今度は必ず紅葉の時期に来ようと心に決めていた。あれから2年。ようやく紅葉の名所まで来ることができたのだ。

養老渓谷駅で降りたって、バスに乗ったところまでは覚えていたが、どこまで行ったら良いか記憶が定かでなく、乗客の殆どが「終点」まで行くことを知ってそれに便乗して辿り着いたのが、“粟又の滝”であった。



バスの終着場所から歩くこと15分ほど、傾斜の激しい階段を下って河原まで降りると、滝がお目見えする。
紅葉の時期とあって人通りも多く、さぁ私も写真だとカメラを構えた時には、冬の午後2時すぎということもあってすでに陽が傾きはじめていた。



前回のときと同じようなアングルで撮影しようとやっきになって、水面にファインダーを向けていたのだが、あまりうまく紅葉の色合いが撮れなかった。
(前回の記事はこちら



私が撮った紅葉の中ではこれ↓が一番まともなものだった。
やはり紅葉の色彩は本物を堪能するに限る。



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湖畔美術館

私にとって美術館に行くことは、精神の浄化である。
息苦しい時、もやもやしている時、荒れている時、アートが置かれた空間に身を置くことで、心安らかな気持ちになれる。
都内の斬新な企画展もいいけれど、郊外の人があまり来ないような悪く言えば閑散としたような美術館を選ぶとなお良い。
肺にきれいな空気を入れるという意味でも身体的な心の浄化にも良いのだ。
郊外の場合、展示されているものにあまり期待はできないけれど、人がいない場所の現代アートは最高である。

写真の場所は市原の「湖畔美術館」。
以前は「市原市水と彫刻の丘」という名前で1995年に建てられたが、2013年にリノベーションしたという。
なにかの雑誌で“行くべき美術館”の一覧に載っているのを見かけて、これは知らないなぁと思って、目をつけておいたのだ。



美術館の外壁に石で書かれた文字。
これも作品の一部のようだ。これは房総にちなんだ詩歌が書かれているという。

美術館の中庭のような場所には、≪飛来≫と名付けられた彫刻。
“天空の彼方から億光年の光のカタマリが飛んできたというイメージ”とある。



立地がいいので、改築して大正解である。
房総半島の中央、高滝湖というダム湖のほとりにある。



湖ではボートを使って遊んでいる人たちがいるだけでなく、個性的なオブジェが目につく。
(このトンボが立ちあがったようなメタリックな彫刻はちょっと怖い^^;)
さらに存在感を出しているこの背の高い黒い建物。
近寄ってみると、藤原式揚水機(展望塔)とある。
地域で使われていた農業用水を汲み上げるための揚水機を模したオブジェだそうだ。





水車は水を歯車を使ってこの展望台らしき建物の一番上まで持ち上げており、階段を上ろうとすると、水が上から雨のように滴って水しぶきを上げている。
当然、足元は濡れており、階段と階段の隙間から下が見えることもあって、とても登れたものじゃないと、私はすぐに断念した。が、息子は気力で頂上まで上り、より遠くの景色まで眺められたと自慢していた。



入口をくぐるとそこには、奇妙な多角形の彫刻がお出迎え。
作品≪Heigh-Ho≫。この穴ぼこだらけの形は“肺胞”をイメージしたらしい。
人がいない時には、ひっそりと呼吸しているかのようだ。

入ってすぐ地下の階段を降りると、クワクボリョウタ≪Last Windows≫という作品があるm。
コンクリートの壁で仕切られたあまり広くない空間に、映像で作られた窓がたくさんある。
そのやわらかな光を眺めていると、異世界に迷い込んだような感覚に囚われた。





展示室を鑑賞してから屋上に出ようとすると、長いスロープがあり、先が見えない仕切られた空が美しく、何が出て来るのだろうとワクワクする。

これは雑草を模した彫刻のようだ。隙間を縫って、ちょっとした遊び心。
屋上広場で再び湖を一望した。

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