スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

須坂・小布施

避暑地に来たはずなのに暑い。
長野なら関東よりは多少涼しいだろうなんてのは大間違いだった。
むしろクーラー要らずの家は普段冷房をつけていないというので、より一層暑かった。
テレビでは日本列島が高気圧に覆われた図を示しながら最高気温を更新したといっていた。



須坂動物園に行こうとしてあまりの暑さに中止。
央ちゃんも車内で眠ってしまったので、「豪商の館 田中本家」というお屋敷を覗いてみることにした。
江戸時代の面影を残した建物内には、当時使っていた生活用品や衣装、文書や玩具などが並べられており、ちょっとした博物館だ。立派なのは庭園だ。
春の庭、夏の庭、秋の庭と三種類の庭があり、殿様お忍びの門を横切って屋敷内をうろうろした。



これは秋の庭。
紅葉するころには紅い落ち葉がこの池を飾ってさぞ美しかろう。



翌日。
再び動物園にリベンジしようとしてあまりの暑さに中止。
水のあるところに行こうと突如思いついて、水遊び場がある公園まで車を走らせた。
小布施の千曲川ふれあい公園である。
しかし央ちゃんは水を怖がっているだけで全然楽しそうじゃない。
暑いし、とにかく暑いから、もう建物の中に避難しようと思って辺りを見回すと、「野鳥ペーパークラフト展」と書いてある横断幕を見つけた。
人のいる気配の全くない建物に近づいて、入口を探した。



どうやらペーパーアート展はニ階のようだったが、一階の扉を押すと、お茶の水博士が半分くらい減量してちょっとやつれたみたいな感じの人が「どちらへ行かれますか?」と話しかけてきた。
2階のペーパークラフト展ですと答えると、ちょっと寄って行きませんかといって、近くに置いてあった竹製のプロペラを手にとると、“重心”の話を始めた。それは割り箸のようなもので、プロペラのついた棒をこすると、プロペラが回る仕組みになっている。
どうやら物理的法則を簡単に説明するための装置らしい。他にもたくさん手作りらしい装置が台の上に並べられていた。
こちらから質問しようものなら、その人は待ってましたとばかりに楽しそうに話をした。

「野鳥ペーパークラフト展」を鑑賞した。
お客は私たちだけだった。
颯太はこういうペーパーアートが大好きだ。特に作る方。



作品はすべて穴澤郁雄さんが作ったものだと紹介されていた。
写真OKというので、優雅に飛ぶ鳥たちの姿を撮った。



帰り際、ふとあの先生のことを思い出した。
ドラマのガリレオ先生は福山のようにリアリティのないイケメンだが、
もし本当にガリレオ先生のような人物がいるのならやはりあんな感じではなかろうか。そんなことを思った。




スポンサーサイト

軽井沢で現代アート

緑の中を進んで扉を開けると、すうっと冷たい空気が肌にしみ込んで、やっと一息。
鋭い日射しから逃げて、冷房の効いている建物に入ったにも関わらず、そこはまだ林の中にいるような、木漏れ日の日射しを受けているような白い空間。
曲線を描いたガラス窓から見える木々のせいもあるだろう。床はゆるやかな傾斜があり、柱のあちこちに絵がかかっている。水しぶきが飛んできそうな滝の絵である。
ここは軽井沢千住博美術館である。



薄暗い別室に足を進めると、青い光に照らされた滝が壁一面にある。
人の声しかしないはずだが、耳にはなぜか水が地球を割って落ちる音が流れている気がする。
さらに別の部屋では、本当に床に水がうすく張ってあった。いまにも流れ出しそうなその水たまりを注意しながら、視界の向かいには白くぼんやりしたものが地球の源が映し出されていた。

西沢立衛氏による建築らしさのあるガラスと緑につつまれた場所。
いつまでもここでぼんやりとしていたかった。



帰りに併設されている浅野屋というパン屋(上の写真。美術館かと思ったけどパン屋&ミュージアムショップ)で一番人気だというトマトとチーズのあげパンを買った。手のひらサイズのそれは、食べるとミニトマトが丸ごと入っていて、やわらかくなったトマトとチーズとのバランスが絶妙でおいしい。



そこからそんなに離れてない所にある軽井沢現代美術館にも立ち寄った。
草間弥生、村上隆、奈良美智さんといった現代アートで有名な日本人アーティストの作品が並べられており、二階建の山荘のような雰囲気が、誰かのうちにきたような気軽さを感じさせてくれた。来館者への飲みものサービスも入館料に含まれていて、鑑賞後は1階のミュージアムショップ内でお茶を飲みながら小休憩できたのが良かった。


若冲が来てくれました‐プライスコレクション江戸絵画の美と生命

八月になったら、福島に行こうと考えていた。
せっかくの夏休みだし、どっか遠くへ行きたい。
毎日が夏休みのような生活じゃないかというのはともかく、いわゆる学校の暦と同じ夏休みが始まったら行こうと考えていたのだ。正確には福島県立美術館で開催されている『若冲が来てくれました プライスコレクション 江戸絵画の美と生命』展を観にいこうと。

そしてある週末の夜に、突如「明日行く」と宣言し、ちょっとそこまで買い物に行くというような出で立ちでふらりと電車に乗り込んだ。上野から新幹線で1時間半。よく考えたら近い。土曜の朝早くということもあってか、自由席はがらがら、福島に着くころには、同じ車両に誰も乗っていなかった。

美術館は福島駅から飯坂線でひと駅だ。Googleマップのルート案内で徒歩のがいいようなことが書いてあるから、街並みでも拝見しようと思って歩いた。けど、車の通る横をてくてく歩いて、景色はそれほどおもしろくない。美術館に着くころには、きれいな道が見えてきて、思ったより、遠かった。



最近、私の中でちょっとした江戸絵画ブームである。そしてすっかり若冲の虜…。
世間的にはだいぶ遅れた波である。プライスコレクションが大々的にお披露目されたのは、2006年の東京国立博物館で開催された展覧会であった。更にさかのぼって2000年の京都国立博物館で開かれた「若冲展」がそもそもの火付け役ということになっている。
それまで、日本でも殆ど注目されていなかった若冲だけれど、プライスさんのおかげですっかり大人気作家となってしまったのだ。




福島県立美術館に着いて、さぁ、鑑賞するぞと意気込んで中に入ったはいいが、結構混んでいる。余裕で見られると思っていたにも関わらず、そうでもなかった。
展覧会の顔ともいうべき若冲の≪鳥獣花木図屏風≫は展実室の一番最後に飾られており、長蛇の列ができていた。
約1センチ四方の升目8万6千個で構成される屏風。
これが発見された時、博物館の蔵の階段の踊り場に埃をかぶって置いてあったという。
博物館員はこれを下品な絵だといっていたというから、日本人というのは本当に外国から評価されると、急に見方が変わるからおかしなものである。



帰りは電車に乗ろうと最寄駅まで行った。とても駅には見えない小じんまりした佇まい。
窓口は閉まっていて、切符は隣の券売機で購入してくださいとある。券売機の方を見ると、故障中の紙が張ってある。どうすればいいんだと笑いをこらえながら、とりあえず電車に乗ったら、車掌さんが切符を売りにきてくれた。
乗った人をちゃんと覚えていて、一人ずつ話しかけてくれていたのだ。
かわいい電車に揺られて、福島駅に着くころには、央ちゃんどうしているかな、と思って、またすぐに帰りの新幹線に乗ってしまった。短い旅だった。

図書館で「伊藤若冲大全」を開いた。
2002年に京都国立博物館から発行された大型の画集である。可能な限り若冲の作品を収録したというこの本を手に取った時、ずっしりとした重みに心臓が高鳴った。
ページをめくるたびに拓かれる新しい世界。目に栄養を与えてくれるような色彩。
でも私が好きなのは水墨画だ。大胆かつ、繊細な筆遣い。どの絵を見ても、それを見た者を驚かせ、笑わせ、泣かせてくれる。まるで現代アートだ。
はっと思ってケースをひっくり返すと価格4万円とある。ほしい。

今住んでいるマンションの和室は畳6畳に、小さな障子張りの引き扉があるだけである。
屏風はおろか、掛け軸をかけるような床の間はない。効率だけを考えた部屋に、そんなものがあるわけがない。和室と洋室との間にある襖は、クリーム色の無地だ。ここに絵が描いてあったらどんなに素敵だろう。そう思ったら、何か四季を感じさせる絵が必要だと創造力が湧いた。まっさらなんて、なんてつまらないのだろうか。ああそうか、昔の人はそう思って、絵師に絵を頼んだのかもしれない、と思った。

最新の記事
カテゴリー
ブログ内検索
過去ログ
アートイベント