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二度あることは三度ある

2月の三連休の初日、わたしと息子は電車とバスを乗り継いで、息子が4月から通う中学校を訪れた。
バスから降りて、校舎を見上げると、ああ本当にこの学校に通う事になったのだな、と感じた。
でもそこには現実はあっても実感という言葉が追いついていない感じ。
まだその現実がしっくりこないのだ。
隣にいる息子は、なんてことはないいつもの表情をしていたが、
何度も通ったこの道のりを、自分のものにすることができたのだから、感慨深いものがあるに違いない。

試験は正月明けから始まった。
1月は茨城、埼玉、千葉の順で試験日程がずれており、2月から東京、神奈川と続く。
東京が本命の人は1月で試し受験をして、2月から本番という人も多い。
我が息子の場合は、千葉の学校を本命としていたので、埼玉の学校を最初に受験することになったのだが、試験は実力よりもやや高い学校ばかりを受けるという滑り止めなしのスケジュールを立てることになった。
理由は単純。行きたくない学校は受験しない、というのが彼の理論であった。

わたしはその強行スケジュールを容認した。
本命に落ちてしまったら困るが、現実は甘くない、という厳しさを思い知ればいいくらいに思ったからだ。
誰に似たのか、何の根拠もない自信がどこかにあり、これぐらいで合格するだろうなんて、舐めている部分があるのだ。
しょっぱなから、実力以上の学校を受けて受かるわけがない。
そう思っていたのだが、結果は予想に反するものだった。
彼はガッツポーズをして喜んだ。
わたしは、おめでとう、と心から祝福の意を述べた。
だが、その喜びもつかの間。
この合格は彼にとって良い方向に働いたわけではなかった。
明らかに油断していたように思う。落ちるわけがないと。
余計な自信をつけてしまったのだ。
彼は本命の試験に失敗した。
二度も失敗した。
それを知った時、彼はしばらく顔をふせたまま、泣いていた。
もう何もしたくない、とでもいうように動かなくなった。
塾にも行かず、もう勉強もしたくないと言った。
一つ目の学校に合格したんだからと慰めようとしたが、彼はそれを断固拒否した。
本命は自分に合っていると思ったのだからと涙ながらに訴える姿をみて、それなら三回目の試験を受けなさい、とわたしは言ったが、聞く耳をもたなかった。

長いふて寝の後、急に起きだしてきたかと思うと、再び机に向かい出した。
三回目受けるよ、とそれだけつぶやくと、またノートを開いたのだった。

二度あることは三度ある。
そのことわざが何度も頭をよぎる。
しかも三度も受験して、落ちた時には目も当てられない。
傷も深くなるだろう。
それでもチャンスがある限り挑戦はした方がいい。
そう思って三回目の願書を出した。
このことで試験は2月の東京受験も終わりにさしかかった期間までもつれこんだ。

合格発表の日。
もし落ちても気にするなと念を押して、インターネットで確認するのを息子に託した。
わたしはトイレに行って帰って来ると、彼のほころんでいる顔を見て察した。
結果は“三度目の正直”の方だった。


息子と訪れた中学校では説明会と制服採寸が行われた。
教室で靴のサイズを合わせている時だった。
颯太の隣で、ローファーを履いている女の子がいた。
その横を通り過ぎた時、ふと机に置いてある伝票が目に入り、馴染みのある名前が書いてあるのがわかって仰天した。
なんと、同じ名字ではないか。
思わずその女の子に見入ってしまった。
すらっとして、大人っぽい、可愛らしい女の子だった。

一度目は出産予定日が近い同じ名字の人がいると産婦人科で。
二度目は初宮参りと合格祈願で訪れた神社で。
そして三度目。
偶然にしては出来過ぎている。
でも現実だ。
この本当っぽくない事実こそ、
“二度あることは三度ある”の場面そのものだった。

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