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図書館日和

普通の人はみな、本を読もうとする時、どんな風に読書にありついているのだろう。

わたしの場合、まずは読みたい本を探す。
探し方の代表的な方法のひとつは、なんといっても「本屋を徘徊」だろう。
実際手に取って中をみることができるし(コミックはできないけど)、本屋が売りたい本、売れてる本が本屋に行くとわかる上(売れている本が必ずしもおもしろいとは全く限らないけれど)、新しい本と出会うことができる。

もう一つの探し方は、パソコンに向かって読みたい本を探す。
ジャンルやキーワードを検索して他の誰かが紹介している本をチェックしたり、Amazonで既知の作家や本にリンクされている別の本のリンクをひたすら辿ったりして探す。

他にも「本の雑誌」で紹介されている本もチェックしたりする。

そうやって見つけた本は、Amazonの評価を見るために検索したり、図書館にあるかどうかを図書館のサイトで探したり、本屋で探したりする。
そのために何度も同じタイトルを検索することになり、読みたい本が無差別、無制限に増えてくると、手間が増えて面倒だったり、管理が煩雑になってくる。

そこで、Amazonで検索した時は、要チェックの本を「ほしいものリスト」に放りこんでは管理していたのだけれど、今年はiphoneで使える「図書館日和」というアプリが大活躍だった。このアプリを見つけた時の感動といったらなかった。
何しろ一度検索すれば、図書館に蔵書があるかどうかを自動で調べてくれるし、蔵書があれば、改めて図書館のホームページにアクセスしなくとも、直接、本の詳細ページに飛んで、簡単に予約することができるのだ。

本屋で「あ、この本読みたい」と思ったら即座に検索して、図書館にあるかどうかがわかってしまうし(本の売り上げには全く貢献されないが)、とりあえずリストに放り込んでおけば、後でタイトルを忘れてしまうということもない。

今はもう新しいシステムに様変わりしてしまったが、国会図書館で本を借りる際、手元にリストがないとすごく不便だった。しかも、あの建物、中は電波が入りにくくて、窓際にいかないと接続できないので、リストを見るのに一々オンラインに接続するのがとても厄介だったのだ。
だが図書館日和のリストはオフラインなので、そんなことも気にしなくていい。(新しく導入された国会図書館のシステムは外部接続できるようになった)

今年の一年間はこの図書館日和を使いこなして、「読みたい本」と「読んだ本」をしっかり管理していたのだが、市内の図書館に蔵書がない場合に、本を取り寄せるべきか、それともお金を出して買うべきか悩むようになった。
図書館で本のリクエストを出せば、県内の別の図書館から本を取り寄せてくれるのだが、何せいつ来るかはわからず、誰かが借りていれば、かなりの時間がかかる。
そこで、このアプリを使っていて、もう一つの選択肢を思いついた。

それは、都内の図書館を利用するという方法である。わたしの住んでいる所は都内と埼玉県の県境で、近くであればカードを作ることができることに気がついたのだ。
図書館日和で都内の図書館も追加で登録すれば、より多くの蔵書を利用することができるようになったのだ。


図書館の本を借りては返しを繰り返していれば、当然、家の本は蓄積していかないはずだが、なぜか本が増えている。
電子書籍がより普及してもっと使いやすくなれば、もうこんな風に図書館とオンライン本屋を行き気する必要はなくなり、煩雑さもなくなるかもしれない。だけど、やっぱり、本屋には行きたいし、図書館の本も利用したい。衝動的にどうしても手元に「書物」を置いておきたいと思ってしまうのだから不思議である。

とにかく、このリストを閲覧する度に「読みたい本」は増えていき、リストを消化するために読書をし、今度はもっと消化率を上げるために一日当たりの読書量を管理したりするアプリがほしいなぁと思ったりして、そうなってくるともう、読書するための管理ではなく、管理のための読書になっているような気がしないでもない。




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ランプシェードと木造船

12歳といったら、昔だったら元服となる年齢だ。
なんか少し声が枯れてる?と思いきや、ふと声変わりか、と思い当たる。
鼻の下に生えていたうっすらとした産毛のような毛は髭のように濃くなり、風呂あがりに全裸でパンツを探す姿をみると、ちょっとギョッとする。
たくましく成長したなあと思うのである。

中学受験をすると決めてからスタートした受験勉強は、彼という人間を変えたように感じる。
「塾」は「学校」と「自宅」が主な世界だった彼に第三の世界を与えた。
彼が塾でどんな時間を過ごしているか、私は詳しく知らない。
だが明らかに私の手を離れ、一人の人間として自立しようとしていることは、はっきりとわかる。
お腹の中から出てきた瞬間から、私は我が子を自分とは全く違う個人として尊重してきたつもりだった。
だけど、ここに来て、まったく私の考える範疇を超えてしまったように思える。子どもだけれど、子どもから逸脱しようともがいている。
あきらかに私に歯向かい、声を荒げ、手に負えなくなる時が来ているのだ。

そんな彼がつくった最近の作品。
本当なら思いっきりやらせてあげたいところだが、作ったり描いたりするために手を動かす暇も時間も与えてあげられなくなってから久しい。
学校の図工の授業はさぞかし息抜きになっていることだろう。



ランプシェードを作るために、細長いサイダーの瓶を持って行った。
色も形もひときわ目立つ作品となった。


今年に入ってから造ったものとして、もう一つ。
大量の割り箸をのこぎりで好きな長さに切り、組み合わせて造った船。
夏休みの殆どが夏期講習という日々の中、気分転換にこつこつやったらどうかと提案し、結構、苦心して作ったのだった。



今度は城が作りたいそうだ。

ベビー誕生

師走になってしまった。
外はすっかり冬の模様だし、気温もあっという間に低くなって、雪でも振りそうな勢いだ。
でもそんな寒さとはしばらく無縁だった。
久しぶりに開いた自分のブログの最後の更新から2か月。
もちろん、その間書くことがまるでなかったわけでもなく、いやむしろ書かなければいけないことがあったというか、書くつもりがなかったというか、、あとで驚かしてやろう的な些細ないたずら心というか。。要はサボっていたのです。ごめんなさい。

季節感を無視した軟禁生活のせいで、心は衰えていたけれど、身体の方は劇的な変化を遂げ、私という個体の中から新たな個体が産まれたのです。
秋も暮れにかかった11月の下旬。22日のことでした。いつものように、バスに乗って病院へ行くと、女医は私に向かって「いますぐ入院しなさい」と言いました。そして予想を裏切る展開の早さで、あれよあれよとベッドに寝かされ、何本もの注射を打たされた後、夕刻には、子宮口から頭を出し、激痛の中、かわいい男児がこの世に姿を現しました。

まだ傷口がひりひりと、時にじくじくと痛み、座るにも立つにも局部を気にしないではいられない。急激に子宮は収縮を始め、胸はパンパンに張り、便秘になり、出血が絶えず、なぜか食欲だけは旺盛になり、まったくもって身体がついていかない。
すべては12年ぶりのフィードバックの連続。今年の春に告知を受けた時から、それは喜びというより、過去を振り返るばかりの自分の弱さを思い知った。この日が来るまで10カ月。若かりし頃の無茶ぶりは通用せず、医者に安静を余儀なくされ、直前までただひたすらに無事に産まれることを祈って、生き続けていたわけです。

結果からしたら安産だったのだろうと思う。
リビングに飾ってある安産祈願のお守りは効力を発揮したことになるだろうか。
自宅から病院まで車で20分以上という距離では、実際、陣痛が来た時の備えは心配だった。だから、検診の際に入院できたのは幸いだった。
かなりの無理やり感はあったけれど、促進剤を打ってから2時間程で出産できたので、痛みの時間は短くて済んだ。

陣痛室の隣のベッドに寝ていた人が帝王切開で先に手術室に入るという関係上、私は手術室の奥の分娩台を兼ねたベッドに移動することになった。
カーテン一枚仕切られた隣で手術が行われる中、弱い陣痛の合間に、おにぎりを食べさるという経験は、生涯忘れることはないだろう。
朝食以来、何も口にする機会がなかったため、看護師が配慮してくれたのだったが、食べる場所があまりにも特異的すぎた。

手術室でおにぎりを頬張りつつ、慌ただしく動き回る看護師や医師の様子を傍観し、なんとも可笑しなシチュエーションだと、笑いが込み上げてきた。

陣痛は5分感覚くらいになっていたけれど、痛みが中途半端なために、隣の様子が嫌でも耳に入ってくる。医師がついに赤ん坊を取りあげ、泣き声が聞こえてきた瞬間には、私の方が泣きそうだった。
どんな人も、誕生した瞬間は素晴らしい。感動以外の言葉がみつからない。


誕生したベビーは愛らしい。名前を考えるのに苦労した。颯太とパパと三人で議論し、あれこれ候補を出してはボツになるの繰り返し。いまの選挙戦のように選ぶ決定打がないような状態が続いたわけだが、決めないわけにはいかない。

「央晴(おうせい)」君。誕生、おめでとう。




(生まれてから3日後。病院にて)
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