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金魚

暑い…毎日暑くてしんどい。
身体が重いしだるい。~~;;

なんか涼しいものでも見て気分を一新したいなぁ
というわけで「金魚」。



撮影したこの金魚たちは、
「葛飾金魚展示場」という水元公園の敷地内にある展示場で、
屋根もないような外に、水槽がいくつも置いてある。(下記写真)

ちょうど水を変えてもらっている所で、
なんだか気持ちよさそうに泳いでいた。



かなりたくさんの水槽が設置してあって、
炎天下の中、屋根もないような所にあるので、
すぐに温度が上がってしまいそうだった。



入場無料。たぶんいつ来ても見ることはできる。
いろんな種類の金魚がいるので、
眺めるだけでも退屈しない。



金魚は元々フナが突然変異したもので、
種類が多くなっているのは、そこからさらに交雑を繰り返して
観賞用に改良されたものだとか。



麦わら帽子をかぶったシャツ一枚のおじさんが、
懸命に水槽を洗って作業していた。
青緑に染まった水槽を全部掃除するのは大変そうだ。



江戸茜という全長20センチくらいの大型の金魚は、
日陰の水槽で悠々と泳いでいた。
尾が長くて、高級金魚なんだろうけど、
大きさのせいか、こわい。
(こわいので写真は載せない)



ほんの少しだけど、気持ち的には涼しくなった。
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ジョサイア・コンドル建築

季節は少しさかのぼるが、五月も終わりかけていた頃、
東京丸の内の三菱一号美術館で開催していた
「KATAGMI Style 世界が恋した日本のデザイン」という展覧会を見に行った。

『三菱一号館』が2010年4月に美術館として復元オープンし、
一度は行こうと思いながらも、興味惹かれるような企画展がなく、
ようやく足を踏み入れたのだった。



レンガ造りのこの建物は、二重橋駅前のハイカラな街並みと合って、
高いビルに囲まれたこの場所でも十分映えていたように思う。
バラが咲き乱れる中庭から、美術館入り口に入ろうとすると、
長蛇の列ができていた。



美術館ニ階の廊下からも中庭を上から眺めることができ、
これが素晴らしい。
展覧会は、日本のデザインがヨーロッパを中心に影響を与え、
世界中に広がって行った様子を魅せてくれる内容であった。

一階にはカフェ『1894』が併設されており、
イケメンウェイターがコーヒーを運んでくれる。

この『1894』という数字は、三菱一号館が建設された年、
1894年(明治27年)を表している。
設計したのは、イギリスの建築家「ジョサイア・コンドル」。



明治10年当時24歳だった彼が日本に来てから67歳で亡くなるまで、
数多くの建築物を設計し、日本の建築界の基礎を築いた人でもあった。

急にこの人のことを知りたくなって
『物語ジョサイア・コンドル』という本を読んだ。
本は事実を元にした小説風の物語になっていて、
彼がどんな経緯で日本にやってきて、和洋折衷の建物を建てたのかが、
よくわかる。
それによると、後に伊藤内閣で大臣を務めることになる井上馨が
ロンドンに行き、建築家を探しに行ったことがきっかけであったとある。
当時、日本はヨーロッパにあるような近代建築を早々に建て、
一流の国であることを世界的にもアピールしたかったことが伺える。

コンドルの設計で代表的なものは『鹿鳴館』だが、
この鹿鳴館もまた、彼なりの日本への配慮が考慮された、
“純粋な西洋建築でない”という点が、日本の役人達にとっては不満だったに違いない。

三菱一号館はお雇い建築家としての任期を終え、
一度イギリスに帰国した後、再び日本に戻ってきてから設計した、
赤レンガの丸の内ビジネスタウンを象徴する第一号の建物だ。



コンドルの一番弟子だった曽禰達蔵が三菱合資会社に入社し、
その経緯からコンドルと曽禰は、
丸の内周辺に二十棟ものレンガ建築を設計したのだった。
ちなみに、東京駅を設計した辰野金吾もまた
工部大学校(後の東大工学部)の生徒でありコンドルの弟子なのである。



駒込にある旧古河庭園。
ここもまたバラが美しい庭園だ。

この庭園内にある古河邸もまたコンドルの設計である。
建物内の見学は事前に申し込みが必要だが、
運よく入口で見学者を募集しており525円で入ることができた。

ガイドの方はかなり詳しく説明してくれて、ちょっとしたツアーだ。
古河財閥の三代目当主の別邸だったらしいが、
三人家族に対して60名もの使用人がいたというから、
大正時代の華やかな暮らしぶりが伺える。



1階は来客をもてなすための食堂やビリヤード専用の部屋、客室などがあり、
2階は外観からは想像もできない、特徴的な和室がある。
階段を上がるとホールが広がり、いくつものドアが。
だが扉を開けると襖があり、奥に畳敷きの和室が広がっていたのだ。

クローゼットや風呂、家族がくつろぐスペースや部屋には和の心粋が配慮されていて、
コンドルの日本への愛が感じられた。




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