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まが玉は過去と未来のくびかざり

この季節は毎年恒例、かるた大会の時期だ。
埼玉県では「彩の国21世紀郷土かるた」というかるたを使い、
地域ごとに予選を行って県大会まで勝ち登っていく大会が催されている。

かるたの練習は夕方から夜にかけて2時間程度行われ、
私はその手伝いに一日だけ駆り出された。

夜な夜な自転車で公民館に向かうと、
玄関先に立っていた誰かが「こんばんわ」と挨拶してきた。
薄暗い中ぼんやりと見えたその人影に、
一瞬どこかのお母さんが話しかけてきたのかと思いきや、
昨年、小学校を卒業し中学生になったばかりの知人の子どもだった。

背丈、ファッションなどなど、姿からは一瞬、大人かと見間違えるほどで、
私は「あんまり大人っぽいからわかんなかったよ」
と苦笑した。

中に入り、辺りを見回すと子どもたちの数が少ない。
どうしたのかと聞いてみたら、
毎回同じ相手で練習していると飽きてしまうから、
別の地区の子と合同練習しているという。

去年は、大勢の子どもがワーワーキャーキャー騒ぎたてる中、
それを強引に仕切って練習中も何かとうるさいままに強行していたけれど
今年の練習はそれを改善するようになされていて、
なんだか変わったな~と感じるのだった。

何より変わったのは、子どもたちの姿だった。
たった半年、一年も会わなければ、
あっという間に大きくなってしまう。
考え方も、振る舞いも、姿も様変わりしてしまう。
細胞は一年も経てば殆ど入れ替わるというから、
はっきりいって別人といっても過言ではない。


せっかく手伝いに来たからというので、
突如、「読み札」をやることになった。
久しぶりの読みで声が出なかったが、
少しずつ調子を取り戻してきた。

「まがたまは~過去と未来のくびかざり~」

子どもたちの真剣なまなざしを見つめていると、
何だか不思議な感覚に捕らわれてしまった。

この古ぼけた歴史ある公民館で多くの児童が幾度となく集まり、騒ぎ立て、
時には真剣になって遊びに興じてきたこと。
浦島太郎になったような、
知らない間に長い時間が過ぎ去ってしまったような、
自分だけ取り残されているような。
そんな感覚。

あの中学生のように、
今度は小学生を支える立場となり、
最期はここから去って、大人になっていく。

そんな当たり前すぎる現実を感じながら、

私は札に夢中になっている子どもたちをもう一度眺め、

最後の読み札を読むために、
息を吸い込んだ。


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