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舞台稽古見学

役者の人がすごいなと思うのは、
芝居をする時に入るスイッチのような切り替わった瞬間。
さっきまですぐ横で私と何らかわらず普通に静かにしていた人が、
舞台に上がった途端、別人になり変ってしまうという変幻自在の術。
とても私にはまねできないと思う。

私の脳内でイメージして造った人間。
そのイメージを文字に起こしシナリオという形にする。
役者の人はその文字を読んで、そこに感じたものを受け取って、
表情やしぐさやしゃべり方で表現する。
私がイメージした「人」が、生身の「人」に投影される。
それが感じられるとき、
何ともいいようのない、不思議な感覚になる。
もちろん投影は機械のように正確というわけではない。
役者という人間がもつある部分と、私が感じて書いたある部分が融合して
新しい人ができあがるのだ。

役者の人はいつも私に言う。
「イメージ通りですか?」と。
そんなことは気にしなくていいのに、なんて思ってしまう。
無責任な気持ちではない。
私が書いたものと全く違っていいわけでもない。
その役者の人が感じてくれた部分に驚きと感動があり、
そこから生まれたものが人間くさければ良いと思うだけなのだ。

稽古場見学はおちつかない。
慣れるまで時間がかかる。
役者が吐くセリフからは私が書いた文字が飛び出してくる。
役者の中に私が映した感情が現れる。
冷静でいられない。
これが冷静でいられるとしたら、それは自分が書いたものではないと
思いこんで聞いているときだけだ。

静かに目を閉じてまた明けた時、
また違うものが見えるかもしれない。
それを期待して、私はこのお話を託そうと思う。

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しょうぶ沼公園

窓ごしに眺めている分には、静かにそして情緒溢れる雨の姿。
一歩外に出ればびしょぬれ。少し動いただけで汗が肌からにじみ出る。

青々とした鮮やかさを見せてくれる紫陽花でも見て、
気分を一新しようと思ったが、花壇に植わっているアジサイはまだ咲いていなかった。
なので、菖蒲にでも会いに行こうと思った。

PO20110612_0000_013.jpg

北綾瀬の駅の裏側にあるしょうぶ沼公園。
この季節しか花を咲かせることがないとしたら、
普段はただの公園でしかないような敷地だけれど、
多くの人がカメラを手に、その花を写真に収めていた。

足を運んだ日は、ちょうど「しょうぶ沼まつり」の日だったらしく
花の人気投票なるものをやっていた。
全部で140種類もあるという。

大納言_013

大納言。

舞子の浜_013

舞子の浜。

扇の的

扇の的。

町娘

町娘。

野花菖蒲

野花菖蒲。

名前が何だかどれも格好いい。
ちなみに私は「町娘」に投票した。
“町娘”という言葉から連想されるはかなげな少女に、
こんな花の髪飾りに添えたら
さぞ美しかろう、と思いながら。

玄関先のおばけ

うちの玄関を開けるとそこには……

PO20110601_0003_013.jpg

奇妙な色で全身を塗りたくられた、長さおよそ136センチのっぺらぼうがお出迎え。

巨大なクラフト紙の上に自らの身体を仰向けにし、
形どった姿。そここに色を思うように塗ってはさみで切り取る。
そんな遊びを春休みの美術教室でやったのだ。
家に持ち帰ってきた「こやつ」をどうしようかと思い、
思いついたのは玄関先の壁に貼る事であった。

ドアを開けた瞬間に飛び込んでくる彼の姿をみて、
人々は瞬間ドキリとさせられ、ユーレイでもみたかのようなお化け屋敷的感覚に陥る。

そんな演出を考え、まずはうちのパパーを驚かせようとしたが
彼のリアクションはいまいちだった。試す人間を間違えたようだ。

その後、何度かわたしは出入りするたびに、こいつの存在を忘れ
帰ってドアを開けるたびに、度肝をぬかされた。

だ、誰かいる!!Σ(°Д°;;

自分でやっといて、一番驚かされていたのは自分であった…orz

毎度おなじみ宅急便屋さんの配達人とのやりとりは、
ドアの隙間を必要以上に開けないため、こやつの姿を確認することはできない。
だが、少しでも大きめの段ボールが届いた際には、
さすがの配達人も一瞬ビクリとしているはずだ(多分。未確認)。

ちなみに、家庭訪問で訪れた今年の担任教師は「これ」を見て
驚くというよりかは、「へぇ~~」という感嘆の声であった。
そして第二声は、
「これ、ソウタ君がつくったんですか?いいですね」
というつまらないリアクションであった。

(驚かないわけ?^^;)

さすがのわたしもこれを貼ってから2カ月も経過したため、慣れてきた。
さて次はだれが驚いてくれるのかね。

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