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サラリーマン

5月も終わり。雨ばかりで灰色の雲が空を覆っていると、せっかく底を打って這い上がってきた気持ちがまたしおれてしまう。ゴールデンウィークが終って、「顧客先常駐」から「本部」に戻った私は、休みボケの暇もなく早起きして片道1時間半の通勤を強いられることになった。ま、こうなることは簡単に予想できたんだけど、家を買ったときは数年後に本部がなくなるんじゃないかって、勝手無茶苦茶な想像をしていたわけで、自業自得といえばそれまでで、とにかく、小学生と同じスピードで朝の支度をしなくちゃいけなくて、3週間すごして、ようやくペースが出てきたというところか。

行きの電車は半分くらいまでギュウギュウなので、本すら読めない。かろうじて文庫が開けるか開けないかというところ。こうなったら、脳内妄想でシナリオ書くぞと思ってたけど、ボーっとしちゃって睡眠時間になったりして、うまくいかない。はっきり言って、眠るのや眠いのは好きじゃない。携帯のメモ帳に書こうか、紙のメモ帳に書こうかいろいろ工夫した結果、リングの小ノートで縦書きするのに成功した。でも、通勤で体力を消耗しないようにしても、やっぱ疲れる。

本部に戻った理由はいろいろあって、一番の要因はたぶん自分で「戻して」と部長に言ったことだろう。「私にやらせろ」とも言ったか。(自分で言ったんだから、責任とれよ。。。)でも、半分気持ちは、「もう、こんな会社やめてやるー!」と思って、転職活動にいそしんでみたりもしたんだけど、こっちも半分しか本気じゃないから、全然成功しなくって、気持ちはフワフワしながら、そんな自分が嫌だから、会社につくと仕事のことだけに集中した。そんな甘えを許さないぞといわんばかりに、仕事は山のように振ってくる。それを恐怖と感じるようになったら、何だか自分に自信がなくなってしまった。仕事が楽しくやりがいに向かって戦う数年前の自分ではなくなっていた。

うまく書けなかったシナリオを発表して先輩達にいろいろ言われたことは、どうやら深いところで堪えていたみたいで、全然筆が進まない。何度も箱書きを書き直しては、キャラクター設定を考え直しては、試行錯誤したのに、楽しくない。書きたいと思っているのに、書けない。それでも、前に進みたいから、とりあえず、ブックオフや本屋に行って、大量に本を購入してきてひたすら読む。ドラマはキムタクとラストフレンズとアラウンドフォーティーを見て、週に2本以上はDVDで映画を見て、お笑いも見て、アニメも見て、漫画も読んで(いまのお気に入りは、入江亜紀の群青学舎!)、ソウタとダンボールでおかしな乗り物を作って、運動会にも行った。でも、やる気が損なわれていく英会話は段々と話せなくなって、これはもう、絶望的だと思っていた。

とりあず書かないと話にならないので駄目でもいいので、書いて出すことにした。
会社の椅子に座って、パソコンにぱちぱち、こうやって字を打つみたいに、ソフトの仕様や画面はすぐにすらすらと書き出せるのになと、落ち込む。長年、培われてきた毎日の繰り返しは積み重なって、習慣となって、こうやって身体に染み付いていくもんなんだろうなと思った。だからこそ、書き続けないといけないんだろうなと、あるかわからない未来を想う。明け方まで書いたら、なんか少し、すっきりして、会社では眠くて仕方がなかったけど、気持ちはちょっと復活してきた。5月が終われば、きっとまた戻ってくる。6月の一ヶ月でどこまで書けるかわからないけど、書いてみようと思う。

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Ron Mueck

金沢21世紀美術館のGWの来場者が前年よりも増加したとかいうニュースで、開催中の「ロン・ミュエック」展を知る。見たい。行きたい…
いつぞやか東京都現代美術館で見た、《イン・ベッド》を思い出す。あまりの迫力に近寄れなかったのだが、恐ろしいほどにその「人」は生きているように見える。どうしてこれが生きているように見えるんだろう。人間って何なんだろう。人間って怖い。って思う。

開催期間:2008年4月26日(土)~2008年8月31日(日)

金沢21世紀美術館に巨大赤ちゃん-「ロン・ミュエック展」日本初開催(金沢経済新聞)




村上隆のフィギュア

ヘトヘトになって帰宅して遅い夜ごはんを無心でもぐもぐしていたら、パパが「村上隆のフィギュアが16億円で売れたんだって」とかいう話題を振ってきて、ネットで話題になっており、アキバのフィギュアの方が技術が高いとか何とかって、バカにしたような意見が多いとか、そういうことを言っていて、ちょっと検索すると、なるほど、殆どの人が「お金がもったいない」とか「全然わからない」とかそういった類のことを書いていた。それは、殆どの多くの現代アートを知らないってことを表していて、万人にとって見ればそのニュースは理解しがたいものなのだろう。でもだからってどうして「わからない」のひとことで済ませちゃうんだろうって、私はそっちの方が腹立たしいんだけどさ。興味ないってことなのかな。それとも嫉妬?羨望?八つ当たり?

アートの何たるかは全然勉強したわけではないので偉そうなことはいえないが、芸術作品の価値はなんにしても技術の高さや、物そものには決して付けられてないってことだ。それを誰が造ったか、なぜにどのようにして造ったのか、そのコンセプト、概念、そしてそれを買ってくれる経済的に成功しているパトロンの心の隙間を埋めてくれるような、素敵なモノじゃなきゃだめなんだ。お金で何でも買える人がただのフィギュアなんて買わないよ。

分野を問わず、製品(=商品)が売れるってことは、この経済社会の中では当然起こりうることで。たった1つの物に16億って値段はすごいけど、会社としての売り上げって考えたらそんなにものすごい大きい値段ってわけではない。造るのにかけた時間、人件費、作業費などなど考えたら、数億円では赤字なのかもしれない。オークションに乗っかり、米国の第一線で活躍しつづけるのに維持しているお金はどれくらいなんだろう。自分の作品(=商品)を売るために費やしたプロモーション費はどのくらいなんだろう。分からないけど、それを考えるとそれほど高いとは感じなくなってくる。しかし、それでもその値段は価値の高さを表していて、欲しいと思わせたハートがあるんだと思うと、そこに何だか惹かれてしまう。人間っていうのはそういう愚かな生き物で、私はバカなので、やっぱりすごいって思うし感動した。
私も成功したい。

関連記事
2008/05/15-10:49 村上隆氏のフィギュアに16億円=予想超える高値に会場から拍手-米(時事ドットコム)
関連ブログ
村上隆氏のフィギュアに16億円(うーぱー日記(機関投資家戦略室)

現代アートつながりで、昨日、シャネルのモバイルアート展http://www.chanel-mobileart.com/)に予約した。無料だが入場には予約が必要らしい。とても楽しみ…♪でも、中学生以下は、入れないの…。子連れじゃむりだったか…

【開催期間】 5月31日~7月4日
【場所】 東京・国立代々木競技場 オリンピックプラザ

ごはんが食べれない

ソウタ「芸術家になるとごはんが食べれないの?」
ママ「え、誰がそんなこと言ったの?」
ソウタ「……だれも言ってないよ」
ママ「うそだ~。テレビ?誰かに言われたんでしょ」
ソウタ「ちがうよ」
ママ「じゃぁ、なんで自分でそう思ったの?」
ソウタ「……(暫くして)ママのおじいちゃん」
ママ「ああ……お父さんが?なるほどね……そんなこと言ってたんだ」
ソウタ「ごはん、食べれないの?」
ママ「それは……時間がなくて食べれなくなるってことじゃなくて、お金がないって意味なんだよ。ごはんが食べれない=貧乏ってこと」
ソウタ「ふーん……」
ママ「お金がなくて、食べるものが十分に買えないことをごはんが食べれないって言うんだよ」
ソウタ「……」
ママ「でも、それは、芸術家が全員そうってわけじゃなくて、いっぱいお金を持っている芸術家も居るんだよ。もし100人芸術家がいたとして、そのうちの10人くらいはお金をいっぱい持ってるけど、90人くらいはあんまりもってなかったりするんだ。つまり……その、お金持ちの芸術家になるのは難しいってこと。でも、できないわけじゃないよ」
ソウタ「うん……」
ママ「自分の造った作品を気にってくれた人が居たら、その作品は1個しかないから、欲しいっていう人がたくさんいると、お金持ちの人は高く買ってくれる。だから、お金が入るんだよ」
ソウタ「そうなんだ……」
何か想いを巡らせるソウタであった。


ママは全然シナリオが書き進まないよ。あっという間に5月中旬。
ため息ばかり……

村田 朋泰展 -夢がしゃがんでいる-

村田朋泰‐夢がしゃがんでいる‐

平塚美術館で開催中の村田朋泰展‐夢がしゃがんでいる‐を観に行った。
入り口には、怪しげな門が作られており、この中に入っていいものかお化け屋敷に入るみたいな気分で足を踏み入れた。「三ノ函半島」への観光案内のゲートをくぐって、部屋に入ると、三ノ函半島への一泊旅行をしようとする一人の男がいる。男はいろいろ思いを巡らせている。そして、鑑賞者と一緒に電車に乗って三ノ函半島へ行く。

アニメーションと舞台装置の空間とが連携して、三ノ函半島への旅を演出してくれる。怪しげな空間にはピンクゲルマと呼ばれるドロドロが壁から顔を出していて、いまにも動き出しそう。

百色旅館に到着。
ピンクゲルマの塊がエネルギーと一緒に噴火しているみたいなものと、艶やかで嫌らしい電灯が光っている。百色旅館にはやっぱり怪しげな人々が泊まっていて、不思議な世界はテレビを見るみたいに飽きさせない。何だろう、この不思議な世界観は、どこか日本の昭和を思い起こさせるようで、全く別次元の世界のようにも思える。母親と一緒に観ていると、自分は安心して向こう側の世界に行けない。なぜだろう、彼女はこれを見て何を考えているのかが気になる。

妄想のような一泊旅行は終わりを告げる。現実に引き戻された。でも、何となく良かったというような感じだけが残る。自分がどこかへ旅行へ行って帰ってきたときみたいに。記憶の中に断片的に刻まれる。

三ノ函半島映画館「世界座」では、村田朋泰のクレイアニメが観放題。「路」シリーズ、新作の《檸檬の路》、ピアニストである男性の混沌とした世界。私は《家族デッキ》が良かったな。高田家という床屋の家族を描いていて、そこに出てくるおもちゃの七福神(?)がかわいい。日常の中に潜むパラレルワールドって感じ。水木しげるの妖怪の世界みたい。

クレイ・アニメーションのぎこちない動きに味があって、この緻密で計算された、精巧なミニチュアが醸し出す独特な雰囲気だけでも感動なのに、それらを少しずつ動かしてストーリーをつくり、全体として鑑賞者にメッセージを伝えるのだから、途方もない作業に圧巻だ。

時間の流れが少しゆっくりになったようなミニシアター。
休みは終わりを告げる。現実逃避の旅もこれで終わりのようだ。

養老天命反転地

岐阜県養老町にある「養老天命反転地」に行ってきた。ここは、建築家であり、芸術家でもある荒川修作氏とマドリン・ギンズ氏が30年かけて構想してきたというコンセプトを具現化した巨大な作品である。制作・発表されたのは1995年。

以前から何とか行けないかなぁと思いを巡らせていたが、あまりに辺鄙な場所のため、行くのが困難を極める。京都から滋賀に渡って、大垣まででてから近鉄養老線というのに乗ったのだが、1時間に1本くらいしかなく、目の前で電車に行かれたときのショックといったら・・・

天命反転地という名前にあるように、人間の宿命(=天命)を環境(=建築)によって、反転しようという試みである。人間は環境から創られるもの、与えられた自然だけに服従しなくても、人間が創りだしたもので、自然を創りだすことができる、ということを証明してみたかったのだと思う。

養老天命反転地

ここで体験することによってのみ、彼がやりたかったことというのが実感できる。
“身体”で感じることが重要なのだ。「身体」―と荒川氏は言っているけれども、私には遺伝子の発現や細胞内外の働き―を想像する。不思議だけど何も考えずに、目に見えるその場所に行こうとするためには、急斜面を登らなければならなかったり、通れるか通れないかというくらいの狭い柱の間をくぐらなければならなかったり、自然と汗が出てきて、無心で歩き回っていた。

楕円形のフィールド

中央に位置するメインパークである、楕円形のフィールドの周囲には、このように“通れる”通路があって、上に向かって登れるようになっている。ただし、足元はでこぼこで大人が一人通れる幅しかなく、数キロ歩いた末、行き止まりになっているため、帰りの人とはこの幅ですれ違う羽目になる。

すり鉢形の上

入場するともらえるパンフレットに使用法というのが書いてあって、
「バランスを失うことを恐れるより、むしろ(感覚を作り直すつもりで)楽しむこと」
「しばしば振り向いて後ろを見ること」
…とある。

極限で似るものの家

これは「極限で似るものの家」。いくつもの斜めに突き刺さった壁があり、重そうな頭があり、地図の上に立っている。狭い隙間に身体をすべりこませようとすると、行けなかったり、老朽化した家具が挟まっていたり、当初は新しかっただろう、電化製品や家具達は廃墟にあるような朽ち果てた姿で、ちょっと危ないところに冒険をしにきた子どもに戻ったような気がして、ワクワクした。上を見上げると、反転した家具が天井にある。

日本地図

「日本と呼ばれる列島との、見えたり見えなかったりするつながりで、自分がどこにいるのか常に問うこと」

楕円形のフィールドには、全体として日本地図を描いた模様があり、これもその一つ。白い部分が北海道の逆さの形になっているのが分かるだろうか。
ともかく、子ども達が本当に楽しそうに遊んでいた。子どもだけではない。大人がそれ以上にとても楽しそうだった。ひねくれていそうな若者達も無邪気に心から楽しんでいるように見えた。乗り越えられる障害が目の前にあるというのは楽しいことなのかもしれない、と思う。

楕円形のフィールド 中心

何か面白いものがそこにあるかもしれない、という好奇心をそそられるのだ。
ソウタも、この下に何かがあるから入り口を探すんだ、とあるかどうかもわからない、入り口を探すのに躍起になっていた。
懐かしい記憶、忘れていたもの、新しい自分を呼び覚ます庭。
その偉大さ、壮大さに尊敬の意を感じた。

日本の形 The Japanese Tradition

小島淳二(teevee graphics)と小林賢太郎(ラーメンズ)による映像製作ユニット、NAMIKIBAYASHIによる、「日本の形」。日本文化の外国人向けビデオ、みたいなモノ。惹きつけられる…。誇張の面白さって、こういうのをいうんだろうな。

鮨の動画を探していたら、偶然見つけたのだけど…
日本の形 The Japanese Tradition - 鮨 sushi



英会話の先生に教えてあげよう。

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