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自由学園明日館

桜の季節。

本日は、世界的建築家であるフランク・ロイド・ライトが設計した、自由学園明日館での結婚式に参列した。

自由学園明日館‐外観‐


あまりにすばらしい満開の桜を背景にした、ウェディングドレスが本当にまぶしかった。


自由学園明日館

普段は見学もできる、国の重要文化財。
大正10年に創立された、女学校は、80年の歴史を超えて、ここに立っているのだと思うと、とても感慨深い。
フランク・ロイドが造ったという椅子とテーブル。ちょっと変わってる。

家具

小さくて低い天井の入り口を越えて、中央に位置する広い食堂。
一気に視界が開けて、天井の高い空間が現れる。
式は離れの講堂で。披露宴はこの食堂で、行われた。

印象的な吊り下げられた電球と建物に一貫して、現れる窓枠の模様。

電球


料理もめちゃめちゃ美味しかった…

赤座海老と白身魚のナージェサフラン風味 オシェトラキャビア添え


結婚式は、新婦の父の誕生日に合わせた日になっていた。
それを準備した新婦の母の想い、花嫁の両親への気持ちが強く表現された、感動的な儀式の時間であった。

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撮影現場。

朝、いつもより2時間早く起きて職場へ向かった。病院の朝は早い。本当に感心する。
いつもの建物にたどり着くと、ワゴンから機材を降ろしているカメラマンの人と目が合った。精一杯眠い目を開けて挨拶する。今日は撮影初日。
プロジェクト説明用動画を撮影するため、通常業務を逸脱してこの仕事をすることになった。あーあ、本業の仕事が終わってないのにね。
事前に台本、スケジュールはなるべく詰めたものの、半分くらいぶっつけ本番だった。
まずは病棟に行って、昨日突然任命された外科医の先生と簡単に打ち合わせした。キャストもちゃんと決めてなかったから、いきなり、患者役を自分がやらなきゃいけなくなった。
先生のおかげで、問診、CTのフィルム、血液検査のイメージを無事、撮影する。
人のシーンを撮るときよりも、モノ撮っている時の配置や光の当たり具合、アングルなどのこだわりは、すごく色んな絵を撮る為には必要なんだな、なんて改めて感心してしまった。デッサンするときみたいに、どこに光が当っていて、どんな雰囲気を醸し出しているか、ちゃんと見てるのだ。

それから、病棟内の会議室で次なるシーンの撮影。部屋の二つの角を使って、いかにも別室にいるかのようなシーンを取る。部屋は机と椅子だけでなく、周りに絵として不自然なものもあって、それらを勝手にどかして、自分のイメージに合うように作っていくディレクターの人に感心してしまった。
病院内で、勝手に何かを動かしたり、許可なくやることの恐ろしさを知っている自分としては、度胸ある行為だった。ま、元に戻せばそれでいいのだ。
医師と患者、CRCと患者が話をしている所を、様々な角度から撮影していく。

手術は朝から開始されていて、組織が摘出されるところおよび手術風景を撮ることにしていた。手術場だけは、自分ではどうすることもできない。先生に協力を得て、何とか、2年ぶりの手術場侵入に成功。点滴、手術シーン、先生の表情、検体採取の風景を無事撮り終える。急遽、この仕事に付き合う羽目になった外科の先生は終始、「俺は今日これをやる予定じゃなかった」と文句をこぼしながらも、最後まで付き合ってくれた。
看護婦さんとの楽しそうな会話も、他の先生との交渉術や雰囲気も医者を醸し出していて、先生を撮ったら面白いのにと思ってしまった。

組織写真の撮影や標本整理をする部屋。暗く、臓器がいっぱい置いてある危険な部屋。
スタッフの明らかに気持ち悪いといった表情が同情を誘う。取り出してきたばかりの組織を病理の先生に切ってもらう。病理部やら別の科の先生やらがたくさん集まってきて、狭い部屋はあっというまにいっぱいになった。
病理の先生方は外科の雰囲気とは対照的に温和で、和やかだった。
撮影していると野次馬みたいに、人がたくさん集まってきて、くすくす笑っている。教授も「イケメンを用意したぞ!」と乗り気なのだ。自分が映りたいからと言って、張り切る教授がとても可愛らしかった。
病理顕微鏡でのシーン。組織細胞の絵。カルテへの病理診断書の入力。すべて撮り終えて、終了。休みなく、普段のデスク仕事とは違って慣れない立ち仕事にヘトヘトだった。体力勝負の仕事だなぁ、と思った。

午後3時を回ったころ、スタッフの人とラーメンを食べに行った。
ラーメン屋のカウンターで7人並んで食べた。ラーメン屋は久しぶりで、疲れていたこともあって、皆無言でラーメンをすする音が響いた。その味がお腹に染みて、私はしばらく放心した。

花のケースを開けたら《3》

花のケース。オモテ面。

ケース(表)


ケースのウラ面。

ケース(裏)


ケースが「開けてくれ」と言っているような楽しい雰囲気。

スパイダー

でも、開けると、すぐに蜘蛛の絵。
初めての授業参観の図工のときに描いた絵だ。「すきなもの描きましょう」だったかな。
「すきなもの」と言っても、先生は動物やいきものと指定し、一人ずつ「すきなもの」が何なのか発言させていた。前の子が「うさぎ」といえば、次の子が「うさぎ」と言ってしまうような中で、ちゃんと自分の意見を言える子は少なかったかな。「恐竜」を描いた男の子が印象的だった。蜘蛛はソウタだけだった・・・

花火

折り紙で作った花火よりも、その下に書かれている人間の絵の方に惹かれる。
「これだれ?」と聞いてみると、ママとソウタだという。「ママのがちっちゃいじゃん!」

運動会


運動会の絵。
うまい。色使いとか、構図とか、いかにも小学生の絵の見本みたいな感じの絵だ。
遠近法も意識してて、左端のテントの前に立っている人がマイクを持っているのが、脇役を意識しているみたいで、とてもほほえましかった。

花のケースを開けたら《2》

学校から持ち帰ってきた、ケースから出てきた絵のつづき。

他の絵を比べて、これだけ、なんだか変な絵だった。最初見たとき、「なんだ、このへんてこな絵は?」と思ったのだが、これがよく見てみると、興味深い。
これを描いた時、いつものように先生はテーマを与えず、単に水彩の練習をするために、「何をかいてもいいよ」と言ったという。ほかの子はみな、それぞれに、自分のすきな物をポンポンと、四角の枠の中に、構成を考えず、描いていく。この絵には「背景」があり、そしてなにより、何も考えず、ただ描いたというところに、潜在的な感情がこの絵に表現されているように思えてならないのだ。

無題


この絵の全体は、明るいように、みえなくもないが、不思議な雰囲気を醸し出し、「暗さ」と「不安」を表しているようにも思える。
二つの花は、どちらも、「花」という意味では、明るいように思えて、その色は、ピンクや赤で塗られていないことから、明るくはない。
そして、土の下には蟻の穴、「時計」。
そして木の陰からのぞく、なにやらあやしい「いきもの」(?)

これが無意識に描いたものだと仮定して、この絵が夜、頭の中で展開される「夢」のようなものだとして、「時計」とは時間的な制約や、ストレスを感じていることを表す。
いつも「時間」にルーズだと周囲から言われて、それをプレッシャーに感じているのかもしれない。
蟻の存在もそこに何か疾患的なものを表しているのかもしれない。木陰から覗く何者かによる、不安がありながらも、空は青く、開放的なイメージを持っている。

明るく、開放的な自分の時間と、制約された時間。

生活の中の混沌。

そんな絵のように、思えてきたのである。

つづく。

花のケースを開けたら《1》

今朝、職場に行く前に、赤坂に寄って、BS-iの脚本公募の原稿を出してきた。
ここずっと合間合間にこればっかりやってて、土日も籠もって書いたから、間に合ってよかった。初公募を無事こなす。だめもとだから、これからさ。 これでもキンチョーして眠れなかったりしたんだよ。

家に帰ってきたら、ソウタが学校から、紙の図面ケースみたいのを持ち帰ってきていた。

ケースを開けたら


ケースの表と裏にも絵が描かれていて、表は花の絵、裏は富士山だった。
中に入っていた絵。

抽象画?


黒い色紙の上に乗せられた淡い色。
何だかすっごいテキトーに描いているように見えなくもないけど、不思議と何だか悪くないと思うのはなぜだろう。色の組み合わせかな。

鬼

鬼。これはすごい。力作だ。緑色が力強く塗られていて、キラキラ折り紙の配置と、腰布の模様のセンスが、王道でいいね。背景の模様も絵を際立たせている。

確か、この鬼の絵を描いた後に、この鬼の工作を作っていた。
頭のもじゃもじゃ具合がサイコー。もってかえってきたときには、崩れかかっていたが…。

鬼の工作


毛が抜けそうな鬼の頭の裏側↓

鬼の工作(裏)


いままで集めてきた紐&過剰包装から取った材料の数々。

《2》へつづく。

エコバッグ

アートキッズEXPOのときに描いた1000メートル絵画のエコバッグが届いた。

エコバッグ-2


エコバッグ


飾るにはいいバッグだけど、たくさん入れたら、壊れそうだ。


河川敷の公園

自分の義母、義父が休みの日にわざわざ遠くから家にやってくる、となったら、どこへ連れて行くか?

A:家でまったり
B:近くの公園
C:都内のハイセンスな場所

これは、ちかくの河川敷。
はじめて来た。こんなおもしろい場所だったら、もっとはやくくればよかった。
殺風景。放置された船。だれからも注目されて無いけど、そこにある、そんな場所。

放置された船


川べりから数メートルのところには「近づくな危険」という看板が立っているにも関わらず、公園に居た人はみな、その看板より川側に居た。

河川敷


春の花が咲き始めている…と思ったら
!!
奇妙な人が立っている。

かかし


ある種の芸術作品かしら・・・と思っていたら、
かかしコンクール作品のようだ。

かかし‐2


かかしの霊的な感じ
殺風景の中に潜む、あやしい林と掘っ立て小屋
すてきだわー

いらっしゃい

さて、これは何でしょう。


かっぱまき



ヒントは次の画像…

おすし


ソウタがレゴでつくったおすし。

右から…イカ、マグロ、アナゴ、タマゴ、サバ…
エビは注文したら作ってくれたよ

わさびとしょうゆ


さて、これは何かと思いきや、
わさびとしょうゆだそうで。

ああ、黒いのね、“かっぱ巻き”だよ。分厚いよ~

おすし屋に飽きたら

ソウタ「マグロとアナゴ、どっちが強い?」
ママ「マグロ!(根拠なし)」
ソウタ「イカとタマゴどっちが強い?」
ママ「タマゴ(食べる頻度)」

とか言ってさ、戦いを始めたよ。

男の子は“戦い”が好きだね~

ママ「かっぱ巻きが優勝」

ごちそうさま。

新日曜美術館 「絶対唯一の表現者たち アウトサイダーアートの世界」

この冬三度目の寝込む風邪。二ヶ月に1回ペースだ。さすがに近所の医者も「またか」って感じになってきて、カラスの行水みたいに、いつもと同じ薬を出してもらって、週末、この忙しいときに会社休んでおとなしく一日布団に居たのに、日曜のいまになってもまだ治ってないよ。もう薬、効かないのかも・・・。

しかもこの三日、眠っているとき以外はずっと、休日出勤しないとやばいくらいなのに仕事じゃなくて、シナリオのネタ考えていて、青春モノ書こうと思って「青春って何だっけ」とか、佐藤多佳子さんの「黄色い目の魚」を読み返したりして(この前やってた、一瞬の風になれのドラマはちょっとひどかった・・・)、そうそう、この感じだってやっと掴みかけた雲が消えてしまった。いいもの書こう、認められようって思うと、駄目になる、そんな駄目な自分を日曜のこの夜に悔やむ。

NHK教育の「新日曜美術館」(20:00~21:00)に放送していた、「絶対唯一の表現者たち アウトサイダーアートの世界」は刺激となった。駄目な自分に渇をいれてくれそうな言葉…

湧き出る「衝動」だけで表現されている芸術―アウトサイダーアート
正規の芸術教育を受けていない人が、既成の芸術的な観念にとらわれず、自分のためにつくった純粋な作品のこと。

北海道立旭川美術館で今年の1月から2月中旬まで開催されていた「アールブリュット/交差する魂」展に足を運んだ田口ランディが番組のゲストとして、紹介。この展覧会は、アール・ブリュット・コレクション 57点、日本作家作品 80点を展示した展覧会で、番組では、アール・ブリュット美術館の館長、ルシエーヌ・ペリー氏も出てきて、アールブリュットの概念を強調する。

作家に共通して表現される「孤独」「秘密」「沈黙」―

紹介されていた作品は、
頭の中で造り上げた、架空の町を空から見上げたアングルで書いた、辻勇二《心でのぞいた僕の町》、
ダンボールに、赤い色鉛筆で結婚式や家族への憧れを描いた、小幡正雄《結婚式》
日記に書いた文字を独自のルールで塗りつぶした、戸來貴規《日記》、
漢字を埋め尽くすように並べた、喜舎場盛也《無題》、
縄文文化を連想させるような、澤田真一《トゲトゲ人》、
繰り返しの日常を表現したような、本岡秀則《電車》
細胞分裂を繰り返しているような原始的なイメージの青い絵画、坂上チユキ《Leishmania》
だった。

画家の木下晋さんはアウトサイダーアートについて「自分には無いものではなく、ねむっているもの」、「嫉妬する」と言っていた。
会田誠さんも、「日本人だなぁ」としみじみ。
田口ランディさんは「その衝動が私にも欲しい!」と叫んでいた。
「常識が剥がれ落ちていくような感じ。心のそこにある、悪とか善とかの時間を越えた物語のエキスが湧き出ているような」「汚いものにまみれている、忘れている自分にとって、初心に帰りたい」というか、羨ましいというようなことを言っていた。社会的な背景、「認められたい」とか「売れなければいけない」とかそういったこととは一切関係ないものとして造り上げられる芸術。

1つの生き方を芸術に捧げる―
そこに込めた、何ものでもない感覚―それは、誰にでも知っていて、表現しようとすると、難しいものだと思った。

先月、スイスのアールブリュット美術館でも「ジャポン」展が開かれ、日本人作家も注目を浴びており、ヨーロッパを巡回する予定だという。アウトサイダー、という言葉。あまりいい言葉ではないな、と思った。誰かが評価してしまえば、それは作家にとってすでに純粋に作品をつくるという行為と離れていく場を与えることになり、矛盾を感じずには居られなかったが。

作品を造るときの心構えとして、肩凝りするほど、構えすぎている自分に気がつく。
人間とは、本当にどうしようもない欲望の塊だ。それを振り切って、社会と断絶して、作り上げられるほど、まだ私は究極に至ってない。それぐらいの覚悟が必要なのかもしれない。

まずは、自分の感じたことを、表現してみる。
それが初心だ!さて、また戦闘開始だわ。

「アールブリュット/交差する魂」展
http://www.no-ma.jp/artbrut


巡回展:
ボーダレス・アートミュージアムNO-MA(2008年2月28日-5月11日)
松下電工汐留ミュージアム(2008月5月24日~7月20日)


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