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天体観察

28日は皆既月食だったが、悪天候のために月を拝むことができなかったので、月が見れなくてこんなに悔しいことは初めてかもしれない。

先週、近くの公民館で市の教育委員会が開催している子ども向けの天体観察会に参加してきた。その際に、今日の夕方から皆既月食があることを知って楽しみにしていたのだ。

天体観察会では、二時間半のうち一時間の講義の内容は高度で小学1年生にはちょっと難しすぎる内容だった。地元の天文愛好会を形成しているリーダーのような人の情熱が徹底していて、オーロラや日食を見るために世界中を飛び回っているのを聞いていると、こっちまで行きたくなるような気分にさせられる。

季節柄、夏の星座の話を中心にしていて、一緒に参加した小学5年生は今まさに星座の勉強をしているというから、とても楽しそうに見えた。ソウタは自分の星座をチェックして、一番星のアンタレスを覚えた。

後半は、望遠鏡を使って、木星のガリレオ衛星と月を順番に観察して、月の時は携帯のカメラでレンズ越しに撮影させてくれた。

月

あんまりうまく撮影できていないが(レンズ越しに撮るのは難しい)、携帯でもこんなに鮮明に月の表面を撮ることができることには驚いた。

急に宇宙のことをもっと身近に感じたいと思い、Google Earthをダウンロードして、夜空を体験できるというSkyを使ってみた。
こんなのを使って学校の先生が授業したらきっと楽しいだろうな。子どはきっとワクワクする。実際、おとながこれを使ってワクワクしているわけだから。

皆既月食の様子は、晴れている北海道ではよく見えたようです。

五号館のつぶやきさんのページ
http://shinka3.exblog.jp/6824128/

6年ぶり皆既月食――残暑の夜空に消えゆく月(NikkeiNet)
http://www.nikkei.co.jp/news/main/im20070828SSXKC073528082007.html

地球に隠れた月が赤く見えるのは、地球の大気の所為で光が屈折して、青と赤の光のうち、赤い光だけが散乱せずに赤黒く映るためなんだって知らなかったよ。

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科学と芸術の統合

昨日、気になっていたセミナー、渡辺格メモリアルセミナー、明日のサイエンスのために『科学と芸術の統合』を聴講してきた。

この講演は分子生物学の中でもかなり初期の頃から携われていた方で、ノーベル賞受賞者の利根川進先生を大学時代に海外留学させた人であり、DNA研究所を設立された渡邊格先生が3月に亡くなられたことで、今回、同会社が主催で開催されたセミナーである。荒川修作さんと利根川さんとでそれぞれ45分の講演の後、二人の対談を30分程度というスケジュールだった。時間が足りない、もったいないと思うくらい、もっと話を聞いていたかった。そのくらい面白い内容だった。

出張先で見た建築から辿って、見つけたこの講演で、分子生物学の話が出てきたことによって、リンクは一周した気分だった。利根川さんといえば、私がこの分野に行こうと決めたキッカケを与えてくれた人である。実際に生で先生の話を聞きながら、感慨深いものがあった。聴講者は150名くらいだったかな…

荒川さんは壇上に立つなり、「すごい人だなぁ。いつも会場を見てから何を話すかを決めてるんだよね」と言って、23年前に渡邊格さんに出会った時のこと、今年の2月に渡邊さんに会った時のこと、それまで渡邊さんと議論してきた話題について、時間軸を行ったり来たりしながら話した。

中でも、
「僕達はまだ人間になっていない」
「言語でできているものはろくなものではない」
「我々が今している労働はすべてきちがいだ」
と言うセリフはとても印象的だった。

なぜ人間になっていないか、というのはおそらく、人間がもちうる能力を人はすべて発揮していないということを伝えているようだった。

ある芸術作品で言葉で書かれているものを侮辱して、それに対して憤慨
した芸術家に対して、『その憤慨こそが言葉では表せないものだ』と訴えたというエピソードは面白かった。アルツハイマーの患者さんに対して、「へびのように動いてみろ」と言って、運動をさせたという話も興味深かった。

『動く(運動)』することこそが、生命を産み出すものだと彼は訴えているようだった。「ヒトは運動をしていない、五感なんてくだらない、何十億もの感覚を持っている。それを引き出す町を作る必要があるのだ」と、彼は言った。「後、2年のうちに、必ず」と。「渡邊さんに怒られて、目が覚めた」と。

利根川さんはスライドを使って説明。京大時代から留学をした先での研究内容をおおまかに話して、それから現在携われている脳研究について内容が移って行った。

そこで彼が訴えていたのは、「環境が大事」ということと、
「記憶を研究することは人を理解するための根本的なこと」であった。

ここでいう『環境』というのを説明するため、ノーベル受賞者の使徒関係を示したか系図を出して、弟子をいかに育てるか、能力を最大限に発揮するには、環境が大事だと話した。
『記憶』があるからこそ、脳の中で自分以外のすべてのものと関係をつくることができ、個性とは、その環境と遺伝子との相互作用によって産み出されるものであると説明した。
そして、脳は『脳細胞の計算がすべて』であり、これを調べればきっと人という生命がなんであるかを『分かる』ことができると信じているのだった。

対談では、その感覚ですべてを物語ってしまう荒川さんと、理論整然と話す利根川さんとの全く異なる異質な会話による言葉が出会った時、それは本当に先が読めない展開だった。何が起こるんだろうと私はドキドキした。

運動が先に起こり、環境から人を無限に開拓できると言い切る荒川さんと、内なるもの(記憶や遺伝子)と環境的なものが相互作用して、アウトプットが起きているんだという利根川さんとは全く会話がかみ合わず、平行線だった。

しかし、二人が話をしている方向性は同一の方を向いているようで、その座標が違うだけのような気がした。

利根川さんが、「宗教はわからないが、僕は『科学』が『ヒト』を知る最も効果的な手段であると考える。サイエンスが僕の宗教です」と言っていたこと、「みんなが『できない』と言っても、僕は『できる』ほうに賭けるんですよ」といったセリフには心を打たれた。


三鷹の森ジブリ美術館

宮崎駿がフンデルトヴァッサーに影響されて造ったというジブリ美術館を見てみたくなって、そのフンデルトヴァッサーは北斎に影響されて絵を描いていたというから、わたしが偶然北斎を見ることになった後に、3年ぶりに再会した友人が三鷹市民でジブリ美術館のチケットを取ってくれることになったのも何かつながりがあるのかもしれない。

巨人兵

ジブリ美術館の外観は、カラフルでこどもが描いた曲線できているような不思議な建物。
3階建てで展示室もそんなに多くないから、そんなに長居できないと思っていたのに、とても広い空間に感じた。この建物は宮崎駿さんが、こどもの無限の可能性を伸ばし、感性を育てて欲しいと願い造られたものであることがわかった。ゆがんだ建物、すべての窓に描かれているステンドグラス、至る所にある穴や抜け道、狭い螺旋階段、不思議なトイレ、アニメーションの世界と空間。

美術館で一番大事なことは、「これ、なんだろう…」と日常から非日常への入り口、空間を提供することなのかなと思った。そういう私自信もその“非日常”を求めて美術館へ虜のように通っていることに気がついた。

そんな想いが建物全体、細部、ちいさなアイテム達に込められていて、人はこういうものに感動するんだよなと感じた。屋上の巨人兵も、本当にアニメーションから飛び出してきた本物のように精巧に出来ていた。

オリジナルのショートムービーを上映する「土星座」の前のエントランスの部分はクンストハウスウィーンで見たうねうねの床になっており、所々にビー玉が埋め込まれているのをこどもが気にしていたのが笑えた。

宮崎駿さんがこの建物を建てるに当って影響されたもうひとりの人物、荒川修作に会ってみたくなった。今度の20日みたいだけど、セミナー「科学と芸術の統合」がすごい気になる!

ジブリ絵職人『男鹿和雄展』

東京都現代美術館で開催中のジブリ絵職人『男鹿和雄展』に行ってきた。
お盆ということもあって、予想以上に混雑していた。
清澄白河駅から徒歩でまたもや猛暑の中、こども二人おとな二人で歩いてきたが、毎度の事ながら道が分かりにくい。現代美術館に行く安易な方法ってないのかなー。直通バスとか出して欲しい。

午前中早めに出たにも関わらず、到着した頃には、チケット売り場は30分待ち、会場へは1時間待ちだった。お昼を食べてから…なんてやっていたら、午後1には2時間待ちになっていた。こんなに混むなんて…

1階部分全体に作品が展示されており、男鹿和雄さんが仕事を手がけた時系列ごとに並べてられている。テレビ時代のものから、映画はとなりのトトロから、ハウルの動く城まで順に見ていくことができる。途中、トトロが木の木陰で寝ているところを覗くことができるアトラクションや、最後は映画から離れて、絵本やイラストなどを鑑賞することができた。
また、3階には実際に背景を描くための技法をパネルやビデオで紹介しており、その鮮やかさが魔法のように浮かび上がっていく様には感動した。こどもにはトトロと撮影、折り紙コーナーがあって、おとなも夢中になって折ることができる。

背景画を見ることで、人物がそこに居ない分、何か物足りなさを感じる反面、そこに人が居ないにも関わらず、人が居るような錯覚に捕らわれた。

アニメーションを観ているとき、人はその物語の登場人物の感情の変化や、ストーリーに注目し、その背景にはそれほど注意を払わない。しかし、背景が無ければ、その世界を全く作り出せないほどの重要な要素を持っていることを実感させられる。

今にもその風景が動き出しそうな感覚。
鮮やかに描かれている風景は、どこにでもありそうで、どこにもない、美しい“日本”の景色を切り取ったようだった。その絵にはアングル、広がり、色、ひとつひとつに愛情がこめられているように感じた。

フェティシズム

『装飾とデザイン』(山崎正和著、中央公論新社)が面白い。
造形に関する考察を、ものの見かたや考え方、そもそも形とはどうやって生まれたかを人間の歴史や文化から切り込む。
装飾やデザインについて語り、芸術とは何かという最大の問いに挑んでいる哲学的な本である。難しいテーマに対して文章は非常に読みやすく、身体に溶け込まれるようにして書かれている。

その中の一部に物神崇拝(フェティシズム)が例えとして出てきた。子供が何気ないものに対して執着を持ち、「宝もの」や「お守り」にするという意識が「自分自身の存続」を感じることのできる方法にほかならないということが書かれている。
それは、大人になっても、子供の頃集めたものや思い出が捨てられず、捨てようとするとかすかに胸が痛むようなことで名残りが残っている。とりとめなく過ぎてゆく時間の中で、個人の失われた過去を思い出せ、自己の同一性の不安を呼び覚ますとともに、その不安にたいする慰めとなる、という。

「あれがある」という思いは、それを思い出す自分自身の変わらなさの保証だというのだ。

お盆は実家に居た。
実家に行くと、過去の産物がいろんなところに落ちている。
殆ど捨ててしまって、なくなってしまったものの方が多いが、ソウタが欲しいというので、昔、半狂乱的に遊んでいた『UNO』を探してみたが、残念ながら、みつからなかった。
私は捨てることをあまり躊躇わない。捨てて次の自分に生まれ変われるなら、何度でもリセットしてもいいと思っている。けれど、過去は消せないのだ。高校の時の同級生が声をかけてくれて、同窓会を兼ねたバーベキューに参加した。
何しろ10年ぶりなので、慌てて卒業アルバムを引っ張り出してきて、顔写真と名前を見て記憶を探ってみた。

せっかくの予習にも関わらず、同窓会に行くと、よくあるシーン、
「誰だっけ、この人。名前が思い出せない!」
に早速出くわしてしまった。
「格好良くなっていて誰だかわからなかった」とか気の利いた言葉でもかければよかったのだろうがストレートに名前を聞いてしまった。

当たり前だけれど、10年も経てばオトナになっている。一日前に見た写真とは同じ顔立ちでも明らかに見えない何かが変わっていて、そこには新しい家族や10年で築き上げてきたものがあるってことが見えた。
そこに居る人は変わらなくても、もうその思いは変わってしまっていた。ここからも、いまの自分は「造られて」いったんだと思った。

昔付き合っていた人との再会。
緊張と恥ずかしさがなぜか伴う顔合わせ。近況を話しながら、過去があったことを確かめてしまう人間って、いつでも自分の存在を確かめていたいのだろうと実感する。古毛布にお守りの安心を感じ取る子供と同じように。そんな感覚がだんだん気持ち悪くなって、それを払拭するように、その一日を写真の中に閉じ込めた。

学食の味

入院したらどこにも行けなくなってしまう、と思い、パパをどこかへ連れ出そうと考えた。
「どこに行きたい?」と聞くと、「とくにない」と即答。興味なしかよ!
ま、いつものことだけど。自分がしたいこと、ほしいものをあまり外に表そうとしない。
あえて好きなことを考えてみると、「必要最小限のことを合理的に進める」こと。
節約や家事も大好きだ。部屋をちょっと出るだけで電気を消される始末。
そんなパパをどこへ連れて行こうか。
リッチなレストランで無駄使いするとか、豪華で装飾の多い遊び場所なんてちっとも行きたいなんて思わないのだ。
人望の多い相談役に私も相談してみたら、大学なんてどう?って言われたので暫くぶりのキャンパスに行くことにした。

学食

猛暑の中、新しく建てられたキャンパスを通って、見慣れた校舎を見つけては、これはあーだとか、あれはあーだったとか会話しながら散歩した。時々休みながら。敷地内の一番端まで歩いてきて、自分達が住んでいた校舎の前にある学食に入った。偶然だったけど、その日はオープンキャンパスの日だった。

学食は何も変わらず、メニューも同じだった。彼はいつも食べていたという定食の食券を買った。私はあまり食べたことのないハンバーグを選んだ。
味はやっぱりいまいちだった。こんな味だったのか。こんなに味わって食べたことなんてなかった。学生のときもここでこんな風に一緒に食べたことなんてなかった。

それから、校舎の中に堂々と入っていて、研究室の前を通って覗いたりしてあまり変わってないことを確かめて、それから、知らないふりをして、展示員と話したりした。そこに知人はいなくても、その場所はずっとあってどんどん受け継がれ、進化していっている大学を誇らしく思った。

どうやらデートは成功したらしい。パパは時々楽しそうに笑顔をこぼしていた。

人間の天敵

人間の天敵って身体を蝕む病気だと思う。
外から入ってくる細菌やウィルスが引き金となって、もしくは自分の一部が暴走したりうまくいかなかったりして起こる症状もそうだと思う。ヒトの身体は複数の器官と組織がとてもうまいように働きかけあって生きているのだから、どこか一つがうまくいかなくなっただけで全体に影響してしまう。

以前から体調不良を訴えていたものの、病名がついたのが2週間前。病理診断の結果を再考して、ようやく病気と治療方針が確定したのが1週間前。そして、入院することになった。

何を隠そう、病気にかかったのは私ではない、夫だ。
PETの結果は衝撃的だった。胸骨と右側の骨盤全体、肋骨、肩甲骨辺りに明らかな病巣が広がっていた。

「病気になる」ことなんて日常に溢れていて、それを自分の中で消化するのに時間がかかった。もっと早く病院に連れて行けばよかったと後悔した。長期的に少しずつ、少しずつ彼の身体は蝕まれていったのだと思い。その過程を考えるだけで胸が痛んだ。病気の要因は医学的に明らかにされていないが、いつも精神的苦痛を与え続ける悪妻の存在はそれ自体だけで、自分の所為ではないかと考えた。

今まで散々自由気ままに我侭、やりたい放題やってきた世界に冷や水をかけられたような気分だった。ウィーンから帰国後早々、世界は一変してしまった。もう少し家族を大事にしなさい。という意味を与える試練だと思って、私は病気を受け止めた。

周囲に病気のことを少しずつ伝達していくと同時に、周りの反応も知ることになった。心配ばかりしている人、あえて触れない人、居ても立っても居られない人、前向きな人、気にしない人、同情する人…
そういう周囲からの言葉に対応するのは私の役割。しばらく、騒がしかった親や親族も、病気と戦うしかないということが分かると落着いてきた。

目の前にある仕事。人間の天敵である病気、病態について研究し、それを研究のフィールドだけでなく、医療や一般の人にも理解できるような形で表現すること。その仕事を全うしろと言っているようにも聴こえる。

天敵と戦いながらも、少しも弱音を吐かず、毎日の生活の土台を守っているパパは以前よりも逞しく見えるのだった。

信州小布施・北斎館

日本に私が居ない間、ソウタを長野に左遷して、迎えに行ったついでに小布施に寄って、信州小布施・北斎館を覗いてきた。

信州小布施・北斎館

小布施は、葛飾北斎が晩年に過ごし、画業の集大成をはかった場所である。80代半ばから晩年までの作品が主に展示してあり、祭屋台の天井絵と肉質画が中心であった。全部で5つの展示室があり、第一展示室では「画狂-北斎と肉質画」(18分)と「小布施の北斎」(14分)の映像を観ることができ、北斎の晩年の思想や作品を学ぶことができてとても見ごたえがある。

第二展示室は版画がメインでかの有名な「神奈川沖浪裏」や「凱風快晴」を拝むことができる。第三展示室は肉質画で、色鮮やかな二枚の「菊」と、北斎が90歳の時に描いたという、彼の心意気が表れているような「富士越龍」は非常に感動した。

富士越龍

第四展示室には祭屋台そのものが展示してあり、迫力のある「龍」と「鳳凰」、「怒涛」(男浪)と(女浪)が飾られている。
アナウンスの解説を聞いていたら、北斎は過去にウィーンで開催された世界平和協議会で、世界文化巨匠として顕彰されたことを知り、フンデルトヴァッサーも好きだった北斎を観に来ているいまここに居る私も、何かのつながりがあるのではないかと考え込んでしまった。

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