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本能的な中毒症状

すっかりシゴト漬けの日々。気がついたら、サラリーマン生活にどっぷりと浸かっていた。怒ったり、泣いたりして、精神的にも肉体的にも疲れていた。そんな中、唯一見続け、励まされているのが、水曜22時日テレで放送している「バンビーノ」。料理人を目指す主人公が、想いをぶつけたり、思い通りにならずに、葛藤し悩み、それでも前向きに仕事に取り組んでいく。その姿は前向きで、観る人の心打ち、働くということはどういうことか、サービス業のサービス(=愛)とは何かを問うのだ。


友人が大阪から出張に来ているというので、以前一緒に働いていたメンバーで飲みに行った。昔の失敗を笑い飛ばしたり、今の仕事を笑い飛ばしたりしていたのだったが、その友人がふと私に質問したのである。

「そのモチベーションはどっから来るの?」と。

夢中になっていて、全然気がつかなかったが、そういえば、どこから来てるんだ?と考えてしまった。そんなにムキになって仕事をすることもないのにと、冷静な自分が囁いている。他の奴はもっとうまくやっているはずだぞと。

仕事をする理由。

これは、ひとそれぞれ。いろんな理由があると思う。いろんな想いとか、それまで生きてきた過程とか、経験とか、考え方とかが違うからだ。一般的には、お金のためとか、家族のため、とか自分のためとかいろいろあるだろう。

質問された後、一瞬、考えてから、「それは…本能的なものかな」と応えていた。

すぐにベストな理由が見つからなかった。でも、後でよく考えたら、その症状は、成功への快楽刺激を求めて中毒になる依存症とよく似ていた。

困難や壁にぶつかり、不安になり、それでもやめられないのは、成功したときの高揚感、快楽中枢への刺激が忘れられないからではないか。小さな成功や達成感でも、エンドルフィンが出て、気持ちが良くなる。失敗したときは、またそれを求めて、躍起になるのである。

会社の中の仕事の殆どは、社内調整、いわばネゴシエーションの繰り返しである。それをいかに円滑に、うまく進めるかが重要であり、多くの時間はこれに使われている。無駄も多いし、面倒なことばかりで、ストレスも多い。それこそが、「不安要素」となる、刺激になっていることに気がついてしまったのである。。

そういうところ、ないですか?

そして私はまた、そのネゴシエーションを潜り抜け、きっといつか来るだろうお客さんに喜ばれる大成功を夢見て働くのである。

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Y字路

暗夜光路

いつ頃だったか忘れてしまったが、NHKのにんげんドキュメントで、「老人宣言~横尾忠則 70歳の“Y字路”~」という番組がやっていて、たまたま観て以来、“Y字路”のイメージが脳裏に焼きついて離れず、もう一度見たい…とつねづね思っていた。
その想い叶って、購入した『横尾忠則 Y字路』の画集。

この画集の中で描かれているY字路は実在する場所だけでなく、想像して描かれているY字路、造られたY字路などが存在する。

TとRの交差

道の先の二つの消失点を眺めていると、先の見えない未来を見ているようで、とても不思議な気分にさせられる。常日頃、選択を迫られ生きている自分とって、日々どちらを選んだらいいのかと悩み、苦しみ、選んだ後も、良かったのかどうか不安に駆られ、そうこうしているうちに新しいY字路にぶつかる、そんな人生の選択みたいなY字路だけれども、その先が闇であることに、不安だけれども期待させるような、何とも素敵な二本の道が描かれているのである。

横尾さんがテレビで言っていた言葉だったかどうか記憶が曖昧だけれども、「どちらの道を選んだとしても、それはどこかでつながっているんじゃないかって、そう思ったら、どちらかを選ぶのは怖くなくなった」って、そんなことを話していた気がした。

わたしも年を重ねれば、そう思って不安にならずに選べる日が来るのかな。

金沢21世紀美術館

グレイソン・ぺりー展

GWの後半は金沢に行ってきた。
1年に1回行けるかどうかが勝負の家族旅行。金沢か青森か直島に行きたいと騒いでいたのが通じたのか、パパがGW始まる直前に飛行機のチケットを取ってくれた。それまでのひきこもり生活から脱出してアート好きを名乗るためにも行っておかなきゃと思っていたのだ。

予想以上の人の混雑で、チケット買うだけで何分並んだだろうか…長陀の列。でも、何と素敵なところだったろうか。毎日でも行きたい場所だ。空いてればもっと何時間でもかけて佇んでみたかったな。

企画展は『我が文明:グレイソン・ペリー展
グレイソン・ペリーという人はなんて変わった人なんだろうか、と思った。ちょっと笑える、楽しい感じ。まず、作品のタイトルが可笑しい。見た瞬間、噴出しそうになるものもたくさんあった。
《美術館は君によくないよ》とか《死ぬほど叩かれているアート・ディーラー》とか。
2度に渡って金沢に滞在し、地域の素材を用いた新作の制作を行ったそうだ。作品の大半が近年作られた物だった。
特に、印象的だったのは、陶芸作品。多くの壺、壺、壺…。形はシンプルなのに、そこに描かれる絵は何度も重ね塗られ、貼られ、描かれ、消され…。度々出てくるペニス柄のキルトや洋服も印象的。東洋と西洋をうまく混在したデザイン。アラン、クレア、芸術(美術館やアートディーラー)、愛と混沌、性とセックスを強く感じた。

スイミング・プール

コレクション展Ⅰの方は、山崎つる子の作品が特別展示されていて、非常に良かった。基本的にこの人の作品は抽象画なのだけど、その計算されたように見える抽象的な形に見入ってしまった。まず、入り口で《The Cans》がお出迎え、展示室に入ると《三面鏡ではない》がバーンと視界に入ってくる。これも計算…。

SANAAのはじめての大型建築物。丸い建物を囲んだガラス。迷路のような展示室。中央にはガラス廊下のある光庭。様々な植物が壁一面に生えていて、道を囲んでいる。この光庭が一番印象的だった。立ち尽くし、ずっとそこに見入っていた人も居た。美術館としてだけでなくて、地域と一帯に、一般の人により多くという意志がとても強く感じられた。

銀座ギャラリー

資生堂ギャラリーGW5日目は銀座へ。
資生堂ギャラリーで開催中の『椿会展 2007』を観に行った。第六次椿会は、今年から3年間という期間で、下記の6人の作家を中心に展覧会を構築していくようだ。
伊庭靖子塩田千春、祐成政徳、袴田京太郎、丸山直文やなぎみわ

今回は、伊庭靖子、祐成政徳、袴田京太郎、やなぎみわの四人の作品12点の展示。
入ってすぐに、祐成政徳の大きな立体作品が目に入り、袴田京太郎《Families》を見てなぜか楽しい気分になってきた。伊藤靖子《untitled》を見つめていると、2次元なのにキャンバスから飛び出してくるような3次元的な錯覚に捕らわれてまじまじと見つめてしまった。やなぎみわ《My grandmothers》シリーズの5点の中では、“KWANYI”が印象的だった。一枚の写真の中で様々な小物が物語りを作っているようだった。

ギャラリー福山銀座8丁目から1丁目まで歩いて、銀座の町並み、行き交う人、暑さが照り返してきて、上着を脱いで歩く。面白そうなお店に入っては出る。うろうろしていたら迷ってしまった。

次はギャラリー福山へ。もりやまさんの作品が展示しているところを見てみようと思ったのだ。浜田富貴、森山龍爾、近藤平八郎、三人の版画展。浜田さんは植物の細胞を思わせるようなイメージの作品。きめ細かい規則正しい格子を見ていると、どうしても細胞だと思ってしまう。森山さんは様々な色の重なりの中で窓を思わせる作品。青が色調の絵が良かったな。近藤さんは対称的な構図の絵が多くて、形にこだわりがあるように思えた。

道に迷って、画廊の人に電話で聞いてやっとたどり着いた(地図なしではたどり着けなかったか)。中はひんやりとしていて、暑かったので、ちょっと一休みできた。画商の方が冷たいアイスコーヒーを出してくれて、少しおしゃべり。「ここしばらく版画は人気がなくて、画廊も作家も元気がなくてね」といろいろお話してくださった。

絵に囲まれて、お茶が飲めて、新しい出会いをもらって、なんて素敵な昼下がりだっただろうか。

オープン・スペース2007

新宿パークタワーからテクテク歩いて東京オペラシティタワーへ。
到着して、一息…オペラシティタワーの2階にある『面影屋珈琲店』でお茶。
このお店、去年、オープンしたばかりだったんだ。雰囲気のある店内で、本当に落着く場所だった。
面影屋オリジナルブレンドとコーヒーゼリーを注文。温かいコーヒーに冷たいデザートって…(よくやるけどね)。コーヒーはブラックなのに甘さを感じる変わった味で美味しかった…。コーヒーゼリーはコーヒーの味が濃く出ていて、生クリームの甘さと丁度いい感じだった。カレーも食べてみたいな。

ICCとオペラシティギャラリーと迷ったけど、閉館時間が早いオープン・スペース2007の方へ。

全25作品。どれでもインタラクティブに作品を提供する側と鑑賞者が通じ合って初めて成り立つ作品ばかりが展示されていた。

興味惹かれたのは、橋本弘太郎《Sharelog》。Suica、もしくはPASMOをかざして、その人が定期区間外でどの鉄道を利用したかという軌跡が、スクリーンに表示された地図上に現れる。地図上には、これまで記録していった人の軌跡となる線と、新しい自分の線が加えられる。浮気調査に使える?(笑)
sharelog.netというサイトで、PaSoRiっていうカードリーダーとクライアントソフトをインストールすれば、自分の詳細履歴が追えるそうだ。

伊藤 麻梨子《電書咲花 on goo》も発想としては面白いなと思った。花以外にも応用できそう。画面には、gooの最新検索キーワードがゆらゆら流れていて、それを、鑑賞者がピックアップして選ぶと、その単語を元に花が作られる。

武藤努《オプティカル・トランジェクトリー2》も良かったな。ユラユラ電球を揺らしながら、変化する色合いと光の強弱が何だか不思議な雰囲気で、単純に照明器具として一台欲しい!と思ってしまった。

うちの会社もこういう面白いものを造って、人の生活の一部となるような製品を開発できればいいのに。

イメージフォーラム・フェスティバル2007

GW三日目は新宿へ。
去年、気にしていたのに行けなかったイメージフォーラム・フェスティバル2007へ参加。観たのは日本招待部門+一般公募部門(5作品80分)Aの上映。アニメーションか、実写か、それの両方を交えて造られる作品は、どの手法を使っていても表現する世界は現代社会に対する憤りのようだった。480の公募作品の中から選ばれた秀作24作品ということだったが、残念ながら面白いとは思わなかった。このイベントはある意味学会のようなもので、映像作品を研究する人がどう映像で表現するかを発表しあう場であって、一般的ではないと思った。

上映で見た作品にはどれもセリフがなくて(タイトル文字は使われていたけど)、セリフなしでどこまで表現できるかは、映像の動きや表現にかかっている。普段私たちが目にしている映像の殆どはナレーションや、人が話すセリフによって、大部分が表現されているのだとしみじみ感じたのだった。でも、その「見ただけ」で「わかる」という表現がうまく伝えられる作品こそが芸術性が高いということになるのだろうか。

新宿パークタワーでは、同じフロアで開催していたクラフトマーケットを覗いて、コンランショップで変なものがないか探して、また、要らないものが欲しい衝動に駆られたりした。
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