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アヒルと鴨のコインロッカー

『アヒルと鴨のコインロッカー』(伊坂幸太郎 創元推理文庫)を読んだ。第25回吉川英治文学新人賞受賞作だ。2007年の5月に映画化される。

このお話は二つの時間軸があって、「現在」と「二年前」というのが、各セクションごとに交互に出てくる。

「現在」では、大学入学を機に仙台に引っ越してきたばかりの平凡な学生・“椎名”が、変わった隣人“河崎”に巻き込まれて、書店強盗に付き合わされる。

「二年前」では、英語が堪能でペットショップでアルバイトをしている“琴美”と、その恋人であるブータンから来た留学生“ドルジ”がペットショップから逃げ出した犬を探していると、ペット殺しの犯人達に遭遇してしまう。

「現在」と「二年前」は別々の話として展開されるが、そこには共通の人物“河崎”が居て、琴美の元恋人として、またはドルジの日本語教師として、ペットショップの店長麗子さんなどの登場人物を配置しながら、二つの時間軸が、次第につながっていく。二年前の時間軸は少しずつ現在に近づきながら、現在はさらに未来へと続いていく。

そして、その時間軸がつながった時点ですべての謎が解けるのだ。

この人の小説は日本語の魅力を再確認させてくれるような、その良さを思う存分楽しんでいるような感じがして、心地よい。この小説は小説の良さを利用していることもあり、映像化したら、面白さは半減してしまうのではないかと…心配。

映画公式サイト
http://www.ahiru-kamo.jp/

この人の作品は、他に「オーデュボンの祈り」「重力ピエロ」を読んだけど、後者の方が面白かった。「重力ピエロ」は私の好きな二台要素、芸術と生物学が絡んでいるのでとても好きな作品。

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どんなきもち?

1月も気がついたらもう終盤だ。
一週間が早くて「時間止められないかな」と度々思う。
仕事でも家でも、もっと自由な時間がいっぱい欲しい。自分のペースで何でもできたらいいのに。と、たわごとを言ってみる。

気がついたらもう3時。
朝からゴロゴロしていてお留守番しながら、コタツから出れないで居る。

昨日は朝から大学時代の友人の結婚式+披露宴+二次会に参列。
このところ、ずっと誰かの結婚、出産話、噂話ばかりを耳にしている。大学時代の同級生、女性10人。それぞれ結婚している人もしていない人も結婚を強く意識する年齢になった。もちろん、既婚者は出産のことも考慮したりして…。

結婚式で行われる儀式と行事はどんなに結婚式場側からしてみれルーチンのことであったとしても、その中に展開されるドラマがあって、テレビで展開されるドラマよりもドラマチックなんだと思う。そして、それを観ている人も、その気持ちを自分に重ねて、人は感情を持てる生き物なんだな、なんて当たり前のことを実感したりしていた。

女性というのは自分が皆ヒロインという意識をもっていて、自分を本当に愛してくれる男性を見つけること、その人と生きていくことを人生の糧としているのだな、と改めて思ったりもした。

結婚するもしないも自由。出産するもしないも自由。結婚したくても相手が居なかったり、相手が居てもできなかったり。結婚よりもお金を大事に考えてみたり。出産は大変だと決め付けて、自由な時間がもっと欲しいからと逃げ腰になってみたり。二人目は産まないと言っておきながら、人には産んだほうがいいよなんて言ってみたり。誰かが何と言おうと、当人達は現実を見ながら、やっぱり結婚しなかったり、出産しなかったりするのだ。

段々大人になってくると安定した暮らしをして、毎日ご飯食べて、決まった人と決まったことをして、たまに刺激を入れてみたりして、仕事も安定していて…。そんな毎日、楽で何も咎めることがなくて、無いものねだりしてみたりして。そんな生活、想像するだけで、私はちょっと不安でイライラとした気持ちになる。そんなのが幸せなのかって。
少なくとも、どんなに周囲に嫉妬されても、自分は常に貪欲に生きたい。これでもかって言うほどに。

友人にシナリオでデビューしたら必ず毎回テレビ観るよって言われて、ちょっと照れくさく、嬉しかった。何だか、そんな単純な励ましでエネルギーが湧いてきたりするのだ。たった一つのことも成功できていないうちに、違うことに手を出したりするのはルール違反かもしれないと思って、少し反省したりもした。

どんなきもち今日はマンション引渡し日。そして、来春はソウタは晴れて小学生。時期が時期なだけに、ベネッセ5-6歳用の1月号は「にゅうがくじゅんびブック」といって、小学校がどんなところか、いろいろ教えてくる特集だった。

その中に「じぶんのきもち みんなのきもち」という、相手の気持ちを考えましょうっていうページがある。これを、夜、寝る前に読んであげているときに、何だかその古い記憶の中あるシチュエーションを思い出して切なくなったりした。

「いれて。」っていったのに何もいってくれないとき。
「ああっ。まねしている!」っていわれたとき。
かたづけないで いっちゃったとき。

という三つのシチュエーションがあって、その時、言われた方はどんな気持ちか、もしくは言ったほうはどんな気持ちか考えて見ましょうという教材である。もちろん、どこにも「答え」なんて書いてないわけだけど、これは教えるのが難しいなぁと思った。

6歳児ともなれば、子供も小さなクラスという社会の中で生活しながら、他人との距離感とかコミュニケーションの取り方を学んでいて、相手の気持ちがわかるようになっている。ただ、それは相手はおそらくこういう気持ちだろうと分かったところで、それだけで本当に解決なんだろうかと疑問にも思う。

この教材でそれぞれ、言われた側の気持ちを考えてみて、何となくそれが分かったとして、そういうことを「言わないほうがいい」というわけでもなく。お互いに気持ちを分かって「気を使いましょう」ってわけでもなく。言ったほうも、言われた方も、その後「どうすべきなのか」ってことは書いてなくて。「相手の気持ちがわかる」=「自然と和解できる」っていう法則が暗黙に成り立っていて、「あとは自分で考えろ」っていう投げやりな教材なのだ。

とくに言われた方のリアクション次第で、その後の展開が全く異なるのになぁと思った。その言ってしまう、言われてしまう場面に出会うのは仕方がないとして、そこで、こんな風に返したらいいんだ、といういくつかの方法を教えてくれれば、子供同士も、もっとコミュニケーションが取りやすくなるのになぁと思った。

それから、この問題は大人になっても、年齢に関係なく常に人生においては発生している問題で。相手がどういう気持ちかなんてことを考えて、どんな風に行動したらいいかいつも頭を悩まし、相手の気持ちに共感して泣いたり笑ったり。分からなくて怒ったり、悲しんだり。そういうときに、こうすればいいっていうヒントとか、後押ししてくれるものが少しでもあれば、もっといいのにと思うのだった。

だから…何だか「この子は寂しい気持ちだと思う」という話をしているときに、自分まで寂しい気持ちになってしまったのだった。

国立新美術館

朝から国立新美術館を拝みに六本木へ足を運んだ。
朝の空気は澄んでいて、冷たくて、目の前に現れたグリーンのガラスの建築物は目に痛いほど明瞭に映ったのだった。カーブを描いた概観が特徴的だ。
ソウタとパパはテレビで観たんだとしきりに私に自慢しており、「入り口の前にあるあの部分は傘立てなんだよ」とソウタが教えてくれた。(なぜか、この傘立て部分に異様に興味を持っていた…)

ランドウォーカー着いて早速『ランドウォーカー』(榊原機械)を見に行った。
人間が操縦するロボット。
こういうの見ると、「ああ、これを造った人はこれが本当に造りたくてつくったんだろうなぁ。好きで作ったんだろうなぁ」と思ってしまう。迫力があって、子供達は喜びはしゃぐ。大人も子供も目をキラキラ輝かしながら、そのぎこちない動きに目を追っていく。

中は三つの展覧会を開いていた。
1階は国立新美術館開館記念展 『20世紀美術探検‐アーティストたちの三つの冒険物語』
2階は、文化庁メディア芸術祭10周年企画展 『日本の表現力』と、
この国立新美術館を設計した黒川紀章の 『黒川紀章展 機械の時代から生命の時代へ』の二つを開催している。
1階の展示は観覧料金が必要だが、2階の二つの展示はどちらも無料。

逆立ちコーン逆立コーンと呼ばれる高さが異なる二つの柱が置いてあり、その上部がカフェとレストランになっている。地下、1階、2階、3階とどの階にもお茶するところがあるってのは、嬉しい。混んでたけど・・・

最初に観たのは、『日本の表現力』。この展示のメインは1950年代から2000年までの各時代のアート、エンターテイメント、アニメーション、マンガを追っていくという作品の紹介だ。それに付随して、マンガ・アニメーションの原点である古来の作品、そして未来への布石として、デジタルアートを展示するという形式になっていた。アートというよりマンガ・アニメの色が強かった。

アニメやCMなどの映像作品はテレビで断片的に流しており、中でも大藤信郎の『くじら』は初めて観る機会を得たのだったが、衝撃的だった。影絵であることがそう感じさせるのか、人の欲望を表現した、芸術的要素の強い作品だなと思った。

河口洋一郎《Gemotion Screen》をソウタと話しながら鑑賞しているときに、後ろから視線が…と思って振り向くと、テレビカメラが。ソウタと一緒に日本テレビのインタビューに真面目に応えてしまった。きんちょーした?

20世紀美術探検は作品数500点以上ということもあって鑑賞に3時間を要した。コドモは元気だが、足…ヘトヘト。最初はやっぱり飛ばさないとだめだ。

20世紀の絵画、彫刻、デザイン、工芸、すべてにおける歴史的作品が一度に鑑賞できるボリュームのある内容だった。歴史を追ってというよりかは、それらの対象、表現方法ごとに展示室を分けており、第一部は静物画や物に対する作品が中心。第二部は、デュシャンから始まり、消費社会のピーク、現代へと続く芸術表現の先進的な活動を様々な角度から、広く強く鑑賞者に訴えているような印象を受けた。

物の氾濫あたりを鑑賞しているときに、ソウタがひとこと「僕が本当に芸術家になったらどうする?」と言う。「そしたら、世界のいろんなところにソウタの作品を発表しよう。ニューヨークとか、フランスとか、もちろん日本にも」と私。
本当に、そうなってくれたら夢のようである。

薬膳料理

1月に入ってからまだ二週間くらいしか仕事していないはずなのに、もうものすごい時間が経っているような気分だ。習い事を始めたり、仕事がたくさん降って来たり、映画観たりドラマ観たり小説読んだり、喜怒哀楽激しく生活していると、あっという間に時間は過ぎ去っていく。

つらいことがあっても、自分の思い通りにならなくても、意気消沈しても、身体が健康なら、心も健康になるはず。

会社の人に紹介されて『薬膳料理 10ZEN』というお店に行った。
品川駅高輪口から徒歩5分くらい。漢方ミュージアムに併設しているレストランだ。漢方ブティック、漢方スクールなんかもある。

お店に一歩足を踏み入れると、すごい漢方の匂い!
最初は違和感…、しばらくすると慣れてきてなんとも思わなくなる。人間の嗅覚って簡単に麻痺するようにできているみたいだ。

あなたにぴったりの漢酒メニューには「美人」と名のつくお酒・料理・デザートが並ぶ。待っている間、“あなたにぴったりの漢酒&漢茶”っていうチャートをやってみて、それぞれ会社の人と違うお酒を頼んだ。気巡酒になったんだけど、実際には美人酒をいただく。サワーで割った味は甘すぎず、すっきりしていて飲みやすかった。

マムシの骨せんべい姿焼き最初にやってきた料理(左写真)。
コレ、何でしょう。
マムシの骨せんべい姿焼き』。好奇心で頼んでみた。パリパリしていて本当、おせんべい見たいな感じ。そのものにあまり味はない。


毒素排出鍋4人で欲張って『毒素排出鍋』(生薬28種使用・烏骨鶏ベース)を2人前、『お肌ぷるっぷるっ美肌鍋』(スッポンベース甘スープ・烏骨鶏ベース辛スープ )を2人前頼んでかなりの量でおなかいっぱいだった。具も野菜と肉、魚とバラエティ豊かで量も種類も多くて色鮮やか。鍋を食すことが、視覚的・味覚・嗅覚の三つを振るに使って楽しめた。単純に美味しかった。

美肌効果を考えた元気野菜の盛合せ写真は毒素排出鍋で、鍋の中は仕切りによって二分されている。片方が辛いスープ、もう一方が甘いスープ。自分のお皿に取り分けるときはそれらを、適当な量混ぜて食べるのだ。食べていると、自然と汗が出てきて、自然な辛さだった。

お店は23時くらいに出た。外の空気は寒く、疲労した身体はへとへとなはずなのに、気のせいか…身体が軽くなったような感じがして、夜中にも関わらずとても軽やか・爽やかな気分で帰宅したのだった。

一瞬の風になれ

『一瞬の風になれ』(佐藤多佳子著)を読んだ。

主人公である新二の心情、新二の目を通して感じられたものだけで語られるその高校陸上部の世界は、新二がどんな風にどれだけ早くなっていくのか知りたくて、ページをめくっていった。何といっても、感動的なのはその地道な練習と走る姿だろう。新二の親友、連は新二と対照的な性格の天才的スプリンター。二人のやりとり、彼らを取り巻く陸上部の人間模様と恋愛。そして、家族。すべてがキラキラ輝いている。読み終わった後の爽快感といったら、本当、短距離走で走り終わった後みたいな感じだった。

この人の作品はいつも、おとなになると忘れてしまう感覚とか、思いとか感じる五感を思い出させてくれる。青春モノが得意な人だ。
「黄色い目の魚」もそうだし、「神様がくれた指」も。

佐藤多佳子が気に入ったら、どちらも、傑作なのでお勧めです。

椎名誠の絵本を旅する

NHK教育でETV特集の再放送『椎名誠の絵本を旅する』という番組がやっていて、
あまりに興味深いので見入ってしまった。

番組では椎名誠が、屋根裏部屋から出してきたという
子供に読み聞かせた絵本を並べて語るところから始まる。

絵本作家、五味太郎さんへのインタビュー、
加古里子さんの絵本の紹介、
福音館書店の試みと絵本の歴史の話…。
それから、ジャズピアニストの山下洋輔さんが文を書いた絵本と音楽との関係や、
脳科学者の茂木健一郎さんとの対談を通じて絵本とは何か、
絵本がもたらすものを追求していた。
昨年、亡くなられた長新太さんの話題も出てきた。

五味太郎さんの本でまず頭に浮かぶのは、
きんぎょがにげた
ピンク色のきんぎょがページの中の一つの絵の中に
隠れているのを“探す”絵本だ。

五味さんとのインタビューで感じたのは、
子供の視点で描かれる絵本の存在だ。

絵本は一般的に大人が「子供に言いたいこと」を
「絵本」という「媒体」を通して伝えているものが多い。

しかし、五味さんの絵本は、そういう“大人向けの”メッセージ性みたいなものを
強く打ち出したりしない。
大人が見たら「なんてくだらないんだろう」って思うものが描かれていたりする。
でも、子供は、そういう「くだらないこと」や「ばからしいこと」の方が大切だったりする。

子供に必要なのはそういう、
子供にとって大切なものを与えてくれるものを受け入れるんだと思う。

それは、長新太さんの絵本にも共通して言えることだ。
彼の本は短い文章と独特の絵で描かれた世界で、
シンプルなのに難しい。

私なんてバカだから、難しく考えてしまう。

番組で紹介されていたのは『ごろごろにゃーん
という絵本で、
この本は読んだことがなかったのだけど、
すごい衝撃を受ける本だった。

全ページ「ごろごろにゃーんごろごろにゃーんと、ひこうきはとんでいきます」
という文章だけで構成されるその本の世界は、
何を言いたいんだろうと、おとなは真剣に考え込んでしまう。

でも、子供から見たら、そんなことはどうだっていいのだ。
その得たいの知れない飛行機が、本当の飛行機かどうか、なんて。

その世界観は子供の世界そのもの、じゃないかと思った。
無限に広がる自由の可能性。
大人が失ってしまったもの。
生きものとかモノとか、色とか形とか、ルールなんて
そこには意味ないよって笑い飛ばされるような世界。
素敵だ…


山下洋輔さんが絵本を描いていたなんて知らなかった。
この人は、絵を描いた作者の原稿を見て、
音楽を頭に浮かべ…それを言葉に起こしたのだそうだ。
もけらもけら』が
クローズアップされて紹介されていた。

実際にピアノを弾いて
「もけけ」とか「しゃばら」とかいう独特の表現を音に起してくれていた。

加古里子さんの『だるまちゃん』シリーズは知ったけど、
この人が東大工学部出身で今尚現役の絵本作家だってことは知らなかった。

宇宙―そのひろがりをしろう』という
宇宙のことをわかりやすくかいた絵本は、
椎名さんが紹介していたけど、
科学のことを子供に面白く伝えているいい本だなぁと欲しくなってしまった。


最後は、茂木さんの椎名さんとの対談。
「子供は寄り道が好き」という話はとても面白かった。

例えば「早く着替えなさい」と子供に言っても、
子供はぐずぐずして、なかなか着替えずに、遊んでしまったり、ふざけたり…。

大人にとってみれば、「着替えること」が目的であって、
そこでふざけけていれば、
「早くしなさい!」なんてイライラしたりするわけだけど、

子供にとって見れば、「着替えること」は目的じゃなくて、
そんなことはどうでもいい。
裸でふざけることの方が目的なのかもしれない。
こどもにとっては「寄り道」こそ本来の道なのだって。


大人になった分、何かを獲得したわけだけど、同
時にそれは何かを失うことでもあって。

子供が絵本を読むとき、そこに見える世界は、
大人とは違うから、
子供の方がある意味賢いのかもしれない。

描いてあるもの「だけ」を見ているんじゃないあ。
描かれてあるものの「向こう側」にあるものを想像している。

親が子供に読み聞かせをする時、多くの場合、ひざに乗せて読んであげる。
それは、とても重要な「安全地帯」なのだという。

親と一緒だからこそ、本の中の「冒険」を楽しむことができる。
一人だったら、絵本を読まないかもしれない。
もし、怖いページが出てきても、
親と一緒だったら、安心してページをめくることが出来る。

子供と見えない親との旅。
安定した世界の上での「自由」。
それが子供が安心できる世界なのだろう。

最後は、「親は子供に一緒に本を読んであげましょう」という
普通のまとめ方だったけど、
どのインタビューも身に染み入る、いい番組だった。

ブロックでDNAをつくる -ZOOB-

DNA Spiralサンタがくれた贈り物となっているZOOBで遊んでいたら、パンフレットの中に“DNA Spiral”って書いてあるのを発見。えっ、これでDNAつくれるの!?急いでソウタと造ってみた。
うちにあるのは、ZOOB125なので、これが限界(右写真)。

ZOOBZOOBというブロックは、左の四種類の部品が入っていて、リガンドとリセプターの関係でつなぐだけなく、リセプター同士でもくっつけることができる。また、側面にも垂直につなぐことができるので、360℃どの角度にも展開することができて、とても三次元空間を意識した組み立てが可能なのだ。

ZOOB 500があれば、より実物に近い二重らせん構造のDNAをつくることができるみたい。

2006を振り返り→2007へ

新年あけましておめでとうございます。
お正月、いかがお過ごしですか?
いつもブログを読んでくださっている方々、友人、皆様、本当にありがとうございます。今年も更に様々な角度から見たもの感じたものを書いていければと思っております。「誰も読まないだろう」という前提で書き始めたブログも1年半経ち、今尚も続けられているのは、誰かが読んでくれているからこそだと思っております。

2006年を振り返り、頭を巡らして見ると、何といってもアートの年、そして仕事と人間を見つめなおした一年でした。

■アート
美術館に足を運ぶようになってレポートを書くうちに、鑑賞したから書くだけではなく、書きたいから鑑賞するに変わり、今では日々アート情報をチェックするようになりました。2006年に足を運んだ展覧会は30箇所で、ソウタを美術教室に通わせる動機にもなりました。

印象に残っている展覧会は…
『カルティエ現代美術財団コレクション展』。
人物像が明確に見えた、藤田嗣治展、大竹伸朗展も良かったですが、個人的にはハラミュージアムアークに日帰りで行ったことと、『大地の芸術祭』を鑑賞できたことがいい思い出となっています。

2007年は国内外の美術館へ。
まだ足を踏み入れてない、青森、金沢、瀬戸内海…
そして、海外の主要な美術館へ出来る限りの時間で訪問します。

■仕事
ようやくプロジェクトは軌道に乗り始めました。
スーパープログラマーがやってきて、私の意図を素直に受け取ってくれたので、比較的思い描いた製品ができたのではないかと思っています。まだ、あと一年プロジェクトは続きますが、最後の砦をクリアするまで力を注ぎます。結果的にプラスだった仕事も、やっている途中はかなりモチベーションの波が荒く、もう駄目かと思ったほどでした。
今年は新たな展開・新たな挑戦をして、もう少し仕事で粘ってみようと思っています。まだまだバイオインフォマティクスの世界で活かせるところを狙います。

2007年は習い事を2つ増やそうと思ってます。(無謀?笑)
更なるスキルアップ、そして将来への決断のために更に動きます。

■家族
いつもこの自由奔放・我侭勝手な私を許してくれているのは、何といってもパパもおかげです。パパが家事をしてくれるからこそです。感謝をこめて、ありがとう。今年もまたよろしくね。
ソウタは新1年生。引越し先での新たな生活が始まります。
慣れるまで、いろんなことを学習させないといけません。
新しい土地での美術教室は継続し、学校以外での世界をたくさん作ってあげようと考えています。

今年はソウタに学校では決して教えないことを自分なりに伝えます。

■フィクション・ノンフィクション
2006年は現実世界がとてもドラマチックで、鬱になったり、羽目を外したり、浮気したり、怒られたり、褒められたり、泣いたり、笑ったり…大変な一年間でした。それを言い訳に映画・小説・マンガとフィクションに触れる機会が少なくなってしまったのも事実です。一年を通して観た映画は30タイトル。小説もマンガも20タイトルくらいです。これではまだまだ、フィクションの勉強としては足りません。

今年は去年の倍くらいを目指したいところです。現実世界で感じたこともまたすぐそこに、自分の近くに生きている人達を見つめて、フィクションに活かします。

大変な課題を背負った2007年ですが、皆様、今年もよろしくお願いいたします!
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