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ソウタギャラリー11

クリスマスツリーメリークリスマス!(遅い)
もう年末だ。クリスマスはケーキに鳥の脚ではなく、ソウタのリクエストによりおでんになった。「いい子にしてないと、サンタ来ないよ」というセリフを全国の親はきっと多用したことでしょう。

幼児園で作ったクリスマスツリー(左)。ウォールパズルの壁面をバックに写したら模様みたいになった。中央のクリスマスリースは、ソウタの自慢の出来。毛糸と折り紙で創られている。

光のオーナメント光のオーナメント。
色んな色のセロファンをたくさん使って、円柱状の箱の中に入れる。中央の太陽みたいな模様のところをくり抜いて、トレーシングペーパーを貼り、このように光を反対側から当てると、いろんな角度で色が光る。星や音符、クローバーやダイヤが可愛らしい。

壁掛け壁掛け。
使われている毛糸は、野草を煮て色を染めから作業して、編んだものを使用。これは美術教室で作製した。
ベニア板に描かれている模様といい、何か、魔よけの効果がありそうだ。



赤い花赤い花。
じゆうがちょうに描かれていた赤い花。どれも茎が細長く、上へ上へ花が伸びていく感じがし、左側の花だけこっちを向いている。
実際に置いてある花を描いたのだろうか。バックの色も同じ赤なので、なんだか、花の赤色と同化してしまっているが、全体としては暖かい印象をもたらしている。


赤い花2カレンダー。
2007年の一枚カレンダーに描かれていた、同じく赤い花。
花と葉の部分はコラージュで、模様の紙と毛糸を使って花を表現している。
周囲の淡い青と黄色の感じが、花をさらに強調して飾るような雰囲気を醸し出している。

国旗国旗。
じゆうがちょうにあった絵の一つ。
最近、国の名前をよく口に出すと思っていたら、幼児園に貼ってある国旗表を見て、それに興味を持ったからだということがわかった。
パパが海外出張に行くという話をしていると、「ネパール?」と聞く。なぜ、そこまでネパールにこだわる?何かとネパールを引き合いに出す。そうか、国旗か。一つだけ四角でない形。
肝心のネパール国旗はこの中には描かれていないようですが、ソウタ君。

時計時計。
実物を見ながら描いたのだとか。
文字盤の数字はアラビア文字だったのかな。
文字の大きさがバラバラで、針が曲がっているせいか、ダリの時計かと思ってしまう不思議な雰囲気を持っている。右側に描かれている黒いものを見る限り…ねじ巻き式だったのかな。


音楽の世界楽器たち。
これもまた、じゆうがちょうにあった一ページ。グランドピアノを中心として、その周囲にいろんな楽器を並べて描いている。バイオリン、トランペット、ピアニカ、カスタネット、シンバル、コントラバスと、リコーダー。
楽しい音楽が聴こえてきそうだ。

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カラーペン・100色

100色ペン見たことありますか?
無印で売っている100色のカラーペンのセット。
これ見た瞬間に、これは買うしかないだろうと思って、つい衝動買いしてしまった。
ソウタは大喜びだったよ。なにしろ、100色入っているってだけで惹かれちゃうよね。しかも1200円・・・や、安い!

100色カラーペンプラスチック製のバッグに四段重ねでペンが収納されているので、持ち運びにも便利。

写生にでも行こうかね。ちびっこ芸術家にスケッチブックとらくがき帳を一緒に購入してあげて、さぁ、思う存分、描きたまえ!!

DNAカード

DNAカード1年前に開催されたバイオ教材のコンテスト、東工大バイオコン2006で優勝した作品だったDNAカードが販売されていることに気がついた。私も会社の業務をサボって観に行ったということもあって印象に残っていた。

株式会社リバネスから、4000円で12月1日から発売。

DNAのしくみを楽しみながら理解できる『DNAカードゲームVer.2』を発売!
http://www.leaveanest.com/index.php/item/987

高いからもうちょっと安くできればいいのになぁ。

偶然が引き起こすメッセージ

誕生日はお葬式だった。

突然9年ぶりに高校の同級生から電話があり、当時の担任の先生が亡くなったとのことで、急遽実家に帰ることにした。

同級生と電話で話しながら近況を聞いた。彼女は、当時同じクラスで仲の良かった男の子と3年前に結婚し、今は1歳児の母になったそうだ。高校の頃の友人とは縁がなく、他のみんなから音信不通とされていたようだ。ちゃんと生きてるよ。彼女を通じて、他の人が何をやっているのか聞いてみた。仕事をして、家族をもって、親になって、頑張っている様子が伺えて嬉しかった。

式場では、一人の友人に再会した。
幸福なことにいままで身内のお葬式に一度も出たことがない私は、想像でしかなかったお葬式を体験した。

高校生の時の担任の先生は、自分の出身大学を生徒に推薦し、クラスの中でもやる気がある生徒は揃ってその大学を受験した。自分もその一人だった。その頃は絵を描くという職業で食べていくことを一旦は諦めて(諦めるの早いよね)、理系の大学に入ることを目標としていた。盲目で唯突っ走っていたような時間。先生の決め台詞はいつも「継続は力なり」というもので、式の間、その言葉ばかりを思い出していた。

同高等学校で定年して3年弱。早すぎる人生だ、と思った。
もし63歳で人生が終わるのだとしたら、もう、あと半分しかない。
その半分の時間で何ができるのだろう、と思う。
考えている時間なんてないのかもしれない、と思う。

中学時代の親友から出産予定の報告を受けた。当時はお互い、誰よりも結婚・出産はしないと断言していた二人。

一年以上居る常駐先の学内で偶然、大学の時の後輩にばったり会った。大学卒業後、歯科医になりたくて歯学大に入学しなおし、ようやくこの春、歯医者になる人。

学会でいまだ業界で努力を続けている先輩と話をして、こうやって学会に来ているのって俺らぐらいだよなって、会話した。流されながらも自分を探している永遠の先輩。

会社の中での研究開発なんて、俺は何度も失敗したさと言っていた父。利益の中から出す試作費は会社から見れば、それで当らなくても痛くもかゆくもない。たくさんばら撒いて、一つでも当ればいい方。そのたった一つの研究開発に躍起になって、日々頭を悩ませている私。希望と諦めの繰り返し。

現実と理想との狭間で日々努力を怠らず、人と人とをつないで、会社を支えている同期と親友、そして先輩。サラリーマン戦士。私なんかのために20代最後の誕生祝の言葉をかけてくれた人。こんなにプレゼントもらったのは14年ぶりだよ。

シンガポールだUSだと海外出張にようやくいけるようになった旦那さん。毎日、疲労が取れてない様子。それでも、出会って10回目の誕生日。私も一番輝いている時期に一緒にいれたことが嬉しいよ。

日々起こる偶然や、出来事は、なるべくしてなったのかもしれない。けれどそれは自分に何かメッセージを伝えているのではないかとも思える。これからの人生をどう生きていくのかをよく考えて決めなさいってね・・・

モルファンブロックを求めて…

「おおきくなったら」というエントリーで書いてあった
ソウタのお気に入りの遊び「モルファンブロック」をいまだ探している。

「モルフォン」とか「モルフィン」とかいろいろ検索してみたけど全然見つからない。
どんなブロックなのかソウタから聞き出し、オモチャ売り場で検索してみたけど見つからない。

仕方がないので保育士の人に聞いてみたところ、
「ジャクエツ」(JAKUETSU)という会社の商品ということがわかった。

でも、商品紹介にモルファンブロックはない…
入れ物、形状が比較的似ているのは“プレイキューブ”ってやつだけど…。
保育士に「クリスマスのプレゼントですか?」なんて聞かれてしまった。

モルファンブロックは諦めて
JOBOにしようかしら。

サンタが街にやってくる…

大竹伸朗 『全景 1955-2006』

大竹伸朗『全景 1955-2006』を観に行った。
冷たい雨の天気にも関わらず、現代美術館は人が結構居たように思う。
まずは、ポスターにもなっている本展の為に作成されたという《時層》が迎えてくれる。早速、スクラップブックのページ数に圧巻…展示で見えていない部分のページも開いてみたいと思う。

小学校から高校時代のイラストや落書きは、とても興味深く、小さい頃に描いていた絵も捨てずに残しておく価値を改めて感じる。その純粋な線の引き方や、こどもの視点、感覚が詰め込まれている。

北海道の写真はどれも、物静かで、若さが写真の中に現れていたように思う。20歳から29歳までの作品はさらに試行錯誤の連続を具現化したようなものばかりで、時代とともに生きている作者そのものを表現しているようだった。香港、ロンドン、アフリカと現地で受けた影響をそのまま表していた。ここまで見て、なんて柔軟で幅広い絵を描く人だろうかと思い、「空白の3年間」というスペースに入るとその作品群の大作に打ちのめされるのである。《ゴミ男》《東京-京都 スクラップ・イメージ》は最も印象的だった。

30代からの作品はどれも、それまでの試行錯誤から抜け出して技術的にも表現的にも落着いてきて、テーマを強く打ち出しているように思えた。その一つの最終系が「網膜」シリーズなのではないだろうか。
人が目を通して見ているものとは一体なんだろうかと思わせるような、暗く人間の奥底を覗くような色使いが、鑑賞者を幻想の世界へ連れて行ってくれる。同室にあるシップヤードワークスは素敵だ。これは美術館に置くよりも景色の中に溶け込んだ様を見てみたいと思った。

その後再び、展示は彼の多彩な能力を表現したような作品が続いてく。日本景では昭和を思い起こさせる様々な景色や風景を鮮やかな色で表現し、ポップな形で表現されていく。巨大な織物《来たの空に浮かぶカタチ》、《女神の自由》、《タブ平&ニューシャネル》は圧巻。その巨大な作品の大きさもあるけれど、作品が響かせる音は見る人の心臓を打つようだった。

長い鼻に鼻毛が出ているのが特徴的な『ジャリおじさん』は絵本のキャラクターだったとは知らなかった。どうやらとてもシュールな絵本のようだが、気になる…。ジャリおじさんの冒険に付き合ってみたい。
『ネガな夜』のスペースでは、黒く塗りつぶされたキャンパスに白いドローイングで人が描かれている作品群。これは、怖い。ナディッフで見たヤバな午後に出てくる人と同じようなタッチ。彼から見た人間とは時にこんな形容なのだろうか。

本当は作品一つ一つはちゃんと観れてなくて、時間かけるのであれば3時間以上は必要かな。きっと観終わった後にはヘトヘト、でも心には一人の人生をそのまま丸ごと語られたような充実感が得られそうだ。

弱くて変で人気がなくてカッコウ悪くて

時は師走。今週も慌しかった。
名古屋で開催中の分子生物学会もかなりの人だかりで外の仕事は楽しくて仕方がなくなってきた。

幼児園にお迎えに行くと、保育士がその日の様子を教えてくれる。

保育士「今日はソウタ君、かまって光線ばっかり出してたんですよ。隙を見せるとあらゆる手段を使って、やってくるんですよ。おうちではどうですか?」
ママ「……(名古屋帰りの疲れた表情で)いえ…家では特にそういったことはしてこないんですが……」

幼児園を出て、ママとソウタは歩きながら話している。

ママ「なんで今日は先生に甘えん坊したの?」
ソウタ「……」
ママ「教えてよ。どうして?」
ソウタ「お友達と喧嘩になって、泣いたから」
ママ「誰と喧嘩したの?○○ちゃん?」
ソウタ「うん。食べてる時にぶつかってきて…」
ママ「そんなの気にしないんだよ。後は?」
ソウタ「□□君と……○○ちゃんと……」
ママ「……そうちゃん、先生に甘えんぼするのは格好悪いよ。格好良い人にならないと」
ソウタ「いいの。弱い子だから……弱くないと生きられないの」
ママ「……駄目だよ、強い子になりなよ。強い子ってどんな子かわかる?筋肉もりもりってことじゃないよ?」
ソウタ「ハハハ。知ってるよ。喧嘩してもね、我慢して、頑張る子だよ」
ママ「……わかってんじゃん」
ソウタ、ニッコリと笑顔。

まだ小さなソウタが、幼児園という集団生活の中で日々蓄積されていくストレスを何となく感じて、私は何だか寂しくなってしまった。
そんな6歳の精神論に迫る質問を今日はご飯を食べながらしてみた。

ママ「ママってどんな人?」
ソウタ「う~ん、ふつうの人」
ママ「(面白くないという表情で)じゃぁ、パパは?」
ソウタ「逃げる人」
ママ「はははは!的を射てるね……じゃぁ、ソウタは?」
ソウタ「変な人」
ママ「えーっ、じゃぁ、格好いい人はだれ?」
ソウタ「○○君!」
ママ「え、どうして?」
ソウタ「人気だから」
ママ「人気なの?人気って、幼児園のみんなに?ソウタは人気者じゃないの?」
ソウタ「人気ないよ」
ママ「人気ないのか……なんで、ソウタは変な人なの?だめだよ。他のにしなさい」
ソウタ「じゃぁ、カッコウ悪い人」
ママ「なんで格好悪い人なのよ。格好いい人になりなさい」

ネガティブ思考なのは、誰に似たのだろう…
小学校に上がるというのに、何となく不安だ…

脚本家-ドラマを書くという仕事

脚本家―ドラマを書くという仕事(中園健司著・西日本新聞社)を読んだ。中園健司さんという人は、「サラリーマン金太郎」(TBS)「ルームシェアの女」(NHK)などをを書いている人だ。

この本では、脚本(シナリオ)を書くことを仕事にしている脚本家という職業の実態を体験を通じて綴った本だ。メインの本文とは別に、『脚本家への道』という章と章の間で語られる、彼自身の高校生の頃から、最終的にデビューするまでのエピソードが面白い。

高校生の時に入った演劇部経験から、大学、大学卒業後につくった劇団での体験談、そして東京に来てからコンクールに応募したり、学校に通ったりしながらデビューするまでの苦難の道が語られている。

脚本家になるには、想像している以上に大変で、フリーランスの仕事であることを実感させられた。
誰でも脚本家になることはできるといいながら、純粋さや情熱がなければやっていけないという言葉は私の胸をついた。

“どんな職業からも転身して、「その気」にさえなれば、資格試験があるわけでもないし、特別な才能など要らないし、誰でも脚本家になれるのが実感である。ただ、生活の保障や将来の見通しなどを考える前に「その気」になれる人です。それは夢や勇気や喜びや、何か大切なものを人に伝えたいという純粋さであり、情熱です。そういうものをなくしてしまったら、脚本家という仕事をやっている意味はありません。フィリップ・マーロフふうに言えば「タフでなければやっていけない、純粋な情熱を持っていなければ脚本家である資格はない”ということです。”

デビューへの道として、シナリオ学校で教わってないなぁと思ったことが一つあった。それは「弟子入り」するというものだ。この「弟子入り」という考え方は、今も「丁稚奉公」的なものであるが、脚本家の仕事ぶりやプロセス、業界の有様、プロデューサーやディレクターとの打ち合わせの仕方など貴重な体験ができるという大きなメリットがあるという。特に、プロデビューした後につまづくことが少ないように思えると。
自分を慕ってくる人をそう無碍には扱わないだろうから、試しにぶつかってみてはどうか、とあった。

おおきくなったら

6歳の誕生日小さい頃、おおきくなったら何になりたい? という問いかけってあったと思うけど、なんて書いてた?

物心ついた時期に、昔の文集とかを引っ張り出して、その頃そんな職業になりたかったのかって認識する。ソウタも、おおきくなったら、そんなときがいつかは来るのかもしれない、と思う。

左の写真は、ソウタが6歳の誕生日に幼児園からもらったバースデーカード。このカードをもらった日、ソウタはこれを開いて見せてきた。おおきくなったら「げいじゅつか」という部分をきっと強調したかったのだろう。単純に嬉しかった。でも複雑な気持ち。
すきなあそびは「モルファンブロック」ってあるけど、どんなブロックなんだろう…検索してもひっかからないなぁ。

私も幼稚園の年長の頃の文集には、将来は「画家」って書いていた。その当時、持っていた職業カードの中に、画家があって、絵を描くという仕事はそれしか知らなかったからだ。

それから、小学校の頃は、漫画家、科学者になりたいと思ったこともあったかな。その後は、作家…、デザイナー?絵や文字を書く仕事に尽きたいと漠然と思いながら、最終的に大学は、生物工学以外は受験しないという選択肢を選んでしまった。

昔はどんなものになりたかった?
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