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ラベンダー苑

母と連絡する頻度が増えた。
今年に入ってからお店のホームページを改造したり、講座用のチラシやレシピを作るのを定期的にやるようになったためだ。
いつものように一方的な注文が来る中、6月になったら久喜にラベンダーを見に行たいというのがあった。ハーブインストラクターという資格を取るほどにハーブへのこだわりのある母にとってラベンダーはやはり特別な花らしい。

久喜市菖蒲町では毎年、あやめ・ラベンダーフェスティバルというのを開催していて、菖蒲町の庁舎の前(写真では奥の建物)に、ラベンダー苑が広がっている。地元のラベンダーにちなんだ食べ物や雑貨などを売る店舗が並んでいた。



訪れた日は梅雨も吹き飛ぶような夏日で、照り返しが強く、花もやや萎れ気味であった。



ラベンダーをこんなに近くで見たのは初めてのことで、香りと色も独特だけれど、とにかく蜂がすごい。ミツバチの数が最も多いが、クマンバチのような大きな蜂もたくさん集まっていた。(写真では蜂が消えているのが不思議だ)



車で一時間ほど走りながら眠りから覚めた我が家のちびっこ怪獣は、車から降りるとき不機嫌最高潮だったが、紫陽花の葉の上に乗っかっていたてんとうむしを見つけて、迷わず指先を近づけているうちに、どうやら機嫌のことは忘れたようだった。



木陰のベンチでラベンダーを眺めながらおにぎりを食べた。
出店で買ってきたおにぎりの具は鮭と梅干で、米には絶妙な塩味が効いていて、誰かのうちでごちそうになった握り飯のようであった。

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東京おもちゃ美術館

四谷三丁目から住宅街へ入った一角に東京おもちゃ美術館というのがある。
なぜこんな行きづらい場所にあるのだろうと思っていたけれど、建物の外観を見て納得した。
廃校になった校舎を利用しているのだ。
旧四谷第四小学校の入り口脇には講堂らしきスペースがあり、私が訪れた時、袴を着て竹刀を構える人たちがたくさんいた。近隣住民らの文化施設でもあるようだ。



美術館は校舎の1階から3階までの11教室を利用してそれぞれの部屋に様々な趣向を凝らしている。
赤ちゃんが楽しめる木育広場や、子どもから大人までもが夢中になれるグッドトイ展示室、企画展示室、おもちゃのもり、ゲームのへや、おもちゃのまち、などがある。
子どもにとっては、遊べるおもちゃがたくさんあって、どれもこれもとても一度ではやりきれないほどの種類だろうと思う。



赤ちゃん広場やおもちゃの森には、木製のおもちゃがたくさんあり、その手触りが心地好い。
我が家のちびっこ怪獣はまあるい木のカタマリよりも動くモノの方がいいようだ。
彼は大の独楽好きで1歳になる前から毎日飽きもせず独楽が回るのを見ている。
そしてこの施設には独楽がいっぱい。楽園のようだ。



たかが独楽とは思うなかれ。ただの独楽といっても様々な種類がある。ちょっと探せば本当におもしろい形や回し方の独楽がたくさんある。
我が家にも既に17個もの独楽があるが、世界にはもっと面白い独楽があるようだ。
世界の独楽写真集



写真は“おもちゃのまち”の一角。独楽専門のコーナーがある。
私がほしいと思ったのはこれ(下写真)。
チロリアンルーレットというらしい。

IMG_0964_017.jpg

中央の独楽を回して独楽にぶつかった小さな玉は不規則にあちこち飛びながら、開いている穴に入ったり入らなかったりする。
ゲームではポケットに入った点数の得点を競うようだ。
緑の玉の場合はマイナスなどのルールがあり、小学生になったらぜひ足し算引き算の練習として遊びたい。


江戸東京たてもの園

私の気晴らしに付き合ってもらうため、中学生の息子とは「アンディーウォーホル永遠の15分」展に連行させたり、「栄西と建仁寺」展を観に行った。
ウォーホル展の帰り道、私は彼に向かって独り言のようにつぶやいた。「芸術家になりたい人は、芸術作品をたくさんみてるよね、漫画家だったら漫画をたくさん読むだろうし、建築家になりたい人はいろんな建築を見るんじゃないの?」
その言葉が効いたのか、その後の生活で彼の勉強や将来に対するやる気が少し芽生えたような気がした。
 
「建築」に関する博物館というのは日本に少ないような気がする。江戸東京たてもの園はその貴重な建築物を保存、紹介するための施設だ。
都立小金井公園の中に位置し、正面入り口に向かって東西に三つのゾーンがあり、古いものでは江戸時代に建てられた民家から、近代建築まで多様な建物が中に入って見学できる。



これは東ゾーンにある下町中通りの荒物屋と生花店の間の裏路地。
この商店街の建物は「千と千尋の神隠し」のモデルとなったらしく、居酒屋のおじさんが得意げに紹介していた。
(江戸東京たてもの園のマスコットキャラクターも宮崎先生がデザインしたようだ)



これは大正時代から港区白金で営業したという醤油店。味噌、醤油、酒を売っていたという。
ここに建てられている建物はすべて実在したものの復元になっている。



千住元町の「子宝湯」。
銭湯を代表する建物とある。外観は神社仏閣を思わせる唐破風。
脱衣所の格子天井を見て、以前、同じく千住にある「大黒湯」に行ったことを思い出した。
いいよね、銭湯。テルマエロマエも時間ですよも、銀河銭湯パンタくんも好きだ。



高橋是清邸の2階の窓から撮った写真。
2階には、2.26事件の現場となった書斎や寝室に入ることができる。事件に関するパネルや新聞記事なども展示されていた。
建物は洗練された日本家屋で、同じお金持ちの家でも、三井八郎の家なんかよりもずっと趣があってよいと感じた。



庭先の花が見事だったので一枚。



ここには日本家屋以外に洋館なども建てられているが、近代建築の前川國男邸も印象に残った。
前川國男氏は有名な建築家で、昭和17年に建てられたとは思えないほどモダンな書斎で、こういう空間で仕事をするのは多くの人の憧れであろうと思う。

自宅から児童館までの道のりの途中に桜並木があって、並木を中心として右側が自転車、左側が歩行者の道がある。
一年に一度だけ花を咲かせるこの白き花の最も美しい時はやはり散り際だろうと思う。



私は新しく買った自転車の前輪上に取り付けられた椅子に怪獣をちょこんと乗せて、この道を走る。
風がさぁっと吹いて、花びらが舞って、この感じをもう少しだけと思い、自転車を止めて降りてみることにした。



ちらちらと雪のように降って、頭の上に偶然降り立った一枚を手に取ってみる。
彼はそれを掴もうとして落とし、道に落ちている沢山の花びらを掴んではまき散らすのを楽しんでいる。



桜のわずかな青空への飛行の瞬間を撮った。

いまやすっかり青々と葉っぱを茂らせて、瑞々しい雨露をたらしていることだろう。
自転車で通るたびにお花ははっぱっぱになってしまったと口ずさんでいる。

伊勢神宮

幼児連れの旅は楽ではないけれど、家族で伊勢参りをすることにしたのだ。
その日はちょうど天皇が参拝する予定の最終日と同じ日で、道路際の歩道には日の丸を掲げた人が、マラソンランナーを待つ観客のように立っているのを見かけた。

伊勢神宮は、天照大神を祀っている「皇大神宮」(内宮)と豊受大神を祀っている「豊受台神宮」(外宮)の二つを中心として、他にも多数の別宮や摂社、末社などを総称して“神宮”という。

参拝は外宮からとガイドにあったので、その日は朝一番で外宮まで行き、衣食住と産業の神という豊受大神を拝みに行った。敷地内は背の高い杉の木で囲まれており、強すぎる朝日にも木漏れ日が優しかった。



メインとなる正宮は20年ぶりに立て替えられただけあって見るからに新しい。



そしてすぐ隣には古殿となった社殿がそのままになっており、20年後に再び新しく生まれ変わるのを待っているのだ。



これは皇大神宮の場合も同じで、正殿の真隣に古殿地がそのままになっている。

外宮の敷地内には「せんぐう館」という資料館があって、社殿の模型を間近で見られるための現物大の展示などがある。
私がその展示を見終わった頃に、ちびっこ怪獣が眼を覚ましたので、手水舎の傍で石ころ遊びをした。



丸っこい石が大量にあることに目を輝かした彼は、懲りずにひたすらじゃらじゃら。
通りかかった男性が「うちの娘も石大好きなんですよ」と声をかけられてしまった。



これは内宮の入り口、宇治橋の所。平日昼間だというのにこの人だかり。

内宮の敷地内も半端なく広い。歩いて正宮までたどり着くのにかなりの時間がかかる。
途中、五十鈴川の御手洗場というところがあって、ここで心身を清めるとあったので、川の水に指先を浸してみたら、とても冷たかった。



大混雑の中、正宮を参拝。
写真には人は写してないけれど、この鳥居の下は人でいっぱい。



20年経つと茅葺屋根もこんな風になる。



混雑といえば内宮の入り口にたどり着くまでの参道である“おかげ横丁”も相当の混みようであった。



私の場合、"花より団子”ではなく、“団子より花”なので、それほど横道は逸れなかったけれど、お土産には赤福と、伊勢独楽を買って帰ることにした。



甘い。ものすごく甘い。
はじめて食べたけれど、これは普通の饅頭と逆で、餡子の中に持ちが入っているという感じ。
見た目が餡子の塊で見た目通り甘かった。

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