乱と灰色の世界
世の中にたくさんのコミックが毎日のように出版されているけれども、
本当に自分の好みのマンガが見つかることは少ない。
面白くても、好き嫌いはあるし、売れていても好みとは限らない。
マンガの好き嫌いってまずは絵柄だと思うんだよね。
第一に絵柄。そして第二にその世界観。
世界観は結局、絵柄によって作られる。そして、三番目にキャラクター。
その世界観の雰囲気が好きかどうかで、そのマンガが好きかどうか決まると思う。


私の中の期待の新人。
入江亜紀さんの、待望の長編、『乱と灰色の世界』が先日発売されたばかりで、
早速買って読んでみた。
それまで、『群青学舎』という短編集を出していて、この本でも作者の様々な世界が
おもちゃ箱のように繰り広げられていて、ステキな本だ。
中でも私が好きなのは、第一巻の「白い火」。
この作者は、コマに描く人の表情やシーンのアングルがうまいと思う。
「乱と灰色の世界」ってタイトルの、「乱」っていうのは主人公の名前なのね。
小学生の女の子なんだけど、大きな靴を履くと美女に変身してしまう。
お兄ちゃんとお父さんと三人で暮らしていて、
お母さんが偉い魔女で扉を守る仕事をしていて家にはいない。
乱は、典型的なお転婆娘で、いつも靴を履いて遊びに行ってしまうが、
出先で会社の社長(御曹司)と出会って恋をする。
いや〜この御曹司が出てくるシーンは楽しい。堂々と素っ裸で出社だから(笑)。
全体的にはメルヘン・ファンタジー色だけど
絵柄が可愛らしく美しいので、趣のある面白い世界観を醸し出している。
続きが読みたいわ・・・
影のある女性キャラを出してほしいわ・・・(勝手な願望)
木枯らし11月のある日
舞台稽古を見に行った。
印刷したチラシを受け取りたかったということもあって、
駅から遠い稽古場までテクテクと歩いていった。
その日は「Y字路の夢想」という第一話目に当る話の稽古ということで、
勇気を振り絞って足を踏み入れたわけだが、
ただそこに居て見ることしかできない私にとっては
どう振舞っていいか分からず、
とりあえずポーカーフェイスな感じで練習風景を見ていたわけだが、
まったく心は穏やかじゃない。
自分で書いたセリフにもかかわらず、改めて読み上げられていると赤面してしまう。
そこに何時間か居座っているうちに、ようやくそんな初体験も馴れてきた。
忙しい中も色々考えたり、動いたり、稽古したりしている演出や役者さんを見て
短い時間で芝居を仕上げて完成させるのは大変だなぁ
なんてひとごとのように感じたりもしたわけだが、
関わっている自分がそこにいることが何だか嬉しく、そして楽しいことだと
帰りの中華料理屋でラーメンをすすりながら思ったりして
何しろ、ともかく、当日が楽しみなのである。
次の日、数少ないシナリオを書いている友人のひとり石原さんに会って
出来立てのチラシを渡した。
シナリオ学校と、行きつけの美容院にも持って行った。
担当の美容師さんが、たまたま劇場の近くに住んでいるということを聞き、
見に来てくれるということだけでなく、
「チラシを持ってきたらお店に置きますよ」とわざわざ言ってくれたのである。
ありがたいことだ。
石原さんはシナリオについて、「書いてない」「もう疲れた」と言っていたが、
彼女はまだまだこれからも書くだろう、と思った。
書く人は、何度書きたくなくなってても、また書くと思っているからである。
それから、多くのお金にならない仕事をしている人達の断片的な情報から、
理想の仕事にありつくことの非現実さを間接的に実感したりした。
家族のこととか、仕事のこととか、本とか映画とかドラマとか
全然関係ない話をしているうちに、段々と彼女の人が垣間見えてきて、
不思議な気分になった。
何だろうこの感じは、と思ったら、
そうか、こんなにも長い時間誰かと話をするということが
人と触れ合う、最も単純で難しく、人間的な行為なのだと思い出した。
(どんだけひきこもりだ)
また、もう少しひきこもりを続けなくちゃいけない。
ああ、本厄もあと一ヶ月半で終わる。
長き、一ヵ月半。
カカシ探索
8月のエントリーで、日本全国の様々な美しく珍しいカカシ達を写真に収めた、
『カカシバイブル』(東京書籍 ピート小林 著)という本について書いたところ、
著者のピート小林さん(!)から急にメールが届いた。

「もっと想像もできないようなカカシが見たい!」
という私のコメントが目に止まったらしく……(汗)、今年も日本全国を周遊されて、
たくさん写真を撮ってきたというので、次回の本がとても楽しみである。
そして、私も再び本棚からカカシバイブルを取り出し、
アバンギャルドなカカシ達を見て触発され、「本物のカカシに出会いたい!」
ということで、ソウタの学校行事の振替日で籠もりっきりのインドアな日中を破るべく、
チャリンコで青い空の下に出たのだった。

自転車で走るには絶好の場所。
今年に入って、中川沿いに新堤防ができたのだ。
本当に、何もないトコでしょ?
見晴らしは最高。
「カカシ、居ないかなぁ」とか言って、人じゃないのに、
カカシが居るとか、居ないとかって、可笑しくなってしまう。

最初に見つけたカカシ。
興奮のあまり「居たーっ!」と大声を出してしまった。
この、ヨレヨレ、裾の汚れ、カカシとはすぐにわからない
原形をとどめてない感じがいい!
帽子があるから、人の雰囲気を醸し出している。

ペットボトルに巻かれたテープと、そこに書かれた顔が恐い・・・
こんなのもあった↓
ソウタが「浮いてる……」
とひとこと。

そして、びっくりしたのが、コレ↓

最初は、これはカカシじゃないだろう?
と思って、近づいてみたのだけど、
どう見ても首吊りにしか見えないのと…
前から見ると、足が二本ある!!

恐い…
けど、楽しい。。
まちづくりワークショップ
ベランダに出ると、駅を挟んで反対側に平らで広い土地が見える。
その殆どの部分はまだアスファルトも引いておらず、ショベルカーやトラックが行き来している。
私はこの夏、市役所が発行している広報新聞で公募が出されていた
「景観まちづくり審議委員会」の委員に応募をしてみた。
公募市民は2名限定ということで、応募者がいなかったのだろう。
採用はあっさり決まって、都市デザインや、都市計画とかを研究している大学の先生方や、
商工会や農業委員の方と一緒に仕事をすることになった。
今年最初の集まりは、メンバの確認と市内視察。
この会は数年前から結成されており、カタブツから気さくな人まで色々で、
都内から近い割りに不毛な土地ばかりである街がどう発展していくのか自分も見たい、
自分も何か言いたい、と思って公募をしたのである。
何しろ、召集をかけられる頻度は少ないし(負担にならない)、
アルバイト料ももらえるというから、気分転換には(暇つぶし?)とても良い。
それだけでは飽き足らず、駅前開発のワークショップにも応募し、
(こちらはボランティア)
2ヶ月に1度のペースで地権者を交えて「どんな駅前にしたいか?」を話し合っている。
先日の日曜は、その3回目の集まりだった。
何しろ、この悠長な話し合いもあってか工事は全然進んでない。
(多分、何を作るか決まってない)
そして駅前にも関わらず公共の土地はなく、その殆どが誰かの所有地である。
ワークショップは、市が依頼した建築系のコンサル会社の社員の皆様が仕切り役で、
3つのグループに分けられ(1グループ5名〜8名程度)、
建築規制などを踏まえながら、全体のイメージを固めていくという作業を3回かけて行った。
私が振り分けられたチームは、殆どが地主の人というグループに入れられてしまった。
そして予想通り、地主の方々は駅前の土地をどう効率的に使うか?資産価値を高めたい、
というところに興味が集中しており、どうしてもそっちに話が行ってしまう。
私は率直に、自分が住む町という観点からいいたいことを言って、
駅前がどうか、他の都市の駅前のように欲望の気の向くまま、無秩序に建てられた、
どこにでもあるような駅になってしまわないように、
人の視界を遮らない、太陽の光を遮らない、使いやすいを意識した構成を意見してみた。
おそらく、個人個人が持っている気持ちを全て、実現することはまず不可能であって、
建築コンサル会社の人は、実際にどうするかというよりも、
地主対策、または、理想のまちづくりを目指して意見をまとめ、
とりあえずの、「まとめ」をすることを目的とし、そのまとめ方が半強制的であるにも関わらず
中々うまいのである。
こういう問題は、すごく難しい。
公共に使う場所でありながら、個人の土地であるということの制御である。
参加している人の頭に描かれている、理想の駅前像はきっと一致することはないのだろう。
本当は地主がわがまましたら、それで終わりなんだけど、
現実として、まだ何もできていない駅前にこれから何ができて、どう変わっていくか、
とても楽しみなのである。
ワークショップの小休憩時間中、同じグループのおじさんが話しかけてきた。
川向こうに住んでいて、地域で毎年夏祭りを自分達で開催して、
一から十まで自分達の力で色々準備をして、資金をやりくりしているのだ、
という話をしてきた。
なぜそんな話を私にしたのか、その時はよくわからず適当な相槌を打っていたが、
この人は自分はそれだけ町のことを考えているんだ、と
アピールしたかったのかもしれない、と思った。
アンバランスな食卓とあたたかい引力
舞台劇の脚本を書いた。
実際にカタチになっていく脚本を書くのはとても楽しく、そして恐ろしく、
この本がどうやって舞台上で演じられるのか、今からキンチョーである。
『アンバランスな食卓とあたたかい引力』【公演日】 2009年12月3日(木)〜6日(日)
【演出】松下愛子、こうのゆか
【作】アキロー、田中孝博、藤崎綾子、松下愛子
【場所】遊空間がざびぃ
【ホームページ】
http://typhoon1kka.blog111.fc2.com/5つの物語のオムニバス作品で、
そのうちの、第一話と最終話を担当。
シナリオ学校でお友達になったアキローさんからお誘いを受けてこの場に。
誘われた立場にも関わらず、いきなり最終話をいう大役をやらせてもらい、
感謝しております。
チラシも気合入れて作成!
まったく、宣伝といえば、気になって仕方がない性分(^^;
せっかく作るんだかたら、やっぱりお客さんにはたくさん来て欲しい。
ということで、
是非、皆様、時間を作って足を運んでください。
お会いできるのを楽しみにしております。
来るときは連絡下さい。
個人面談
この季節は、毎年、小学校で面談がある。
いわゆる教師と親の二者面談。
毎年、担任の先生も変わって、
子供の成長もめまぐるしいこともあって、
いつもこの 「先生との対話」 というのは、意味もわからず緊張する。
面談に関わらず、家庭訪問でも、
“先生と話をする”という行為自体が、
何だか「怒られるんじゃないか」とか「何か悪いことしてないか?」
とか親としての立場に自信がないので、いつもこんな不安を抱いてしまう。
面談の日は、寒くて曇りがちで、夕方になるとあっという間に日が暮れて、
子供達がいなくなった校舎に、スリッパで入って行き、
薄暗い階段を登って行くときなんかは、
異世界に入って行くようだった。
他の教室を通り過ぎると、すでに面談は始まっており、
担任の先生はお待ちかねだった。
小さな机に小さな椅子に腰掛けて、真正面で向き合って。
本当に何だか、生活指導みたいだよ。
1ヶ月くらい前に、ソウタが学校で問題を起こした。
問題といっても、
体育の授業の移動の際に子供達がふざけていて、
階段で友達を押してしまい、壁にぶつかって歯がかけてしまった
というようなことである。
放課後、先生から電話があり、「謝罪したほうがいい」
というアドバイスの元、
インターネットでこういう場合はどうしたらいいか?
なんて回答を検索をし、菓子折りを持参して、
その日、相手の家に自転車で駆けつけたのだった。
幸い歯はくっついて、相手の親もあまり気にしていない様子で、無事事なきを得たが、
帰りに寄った学校では、校長室に呼ばれたりして、
私にとっては、大げさすぎる、あるいは貴重な体験だった。
しかしながら、私はそんなことをすっかり忘れており、
担任の先生からは、「その後、どうですか?」なんて聞かれて、
そういえば、そんなことがあった、と思い出したくらいだった。
「特に、家では特別何もありませんが」
と言うと、先生は「学校ではずいぶん変化があったんですよ」と教えてくれた。
それまで、自分の世界に入り込みすぎて、
周囲の注意力に欠けているところがあったが、
その後は全くそういうことがなくなった、ということであった。
私は驚いた。
まさか、その後、ソウタにはそんな精神的な変化があったなんて、
家では全く気づかなかったのである。
先生とは、子供のことを通じて、
子供が心うちで何を考えているのか、
どちらもそれを探ったり、想像したりしかできないから、
そういう、それぞれの考えなんかを交換したりして、
心の成長というか、それを育てるのって難しいな、と思ったりした。
帰ってから、ソウタに、
「先生が何言ってたか、気になる?」
と聞いてみたところ、「別に」と言って、それほど興味はない様子。
しかし、私は自分が言いたいから、言ってしまう(オイ)。
ママ「先生は、ソウタが前と変わったって言ってたよ」
ソウタ「人間は変わるんだよ」
ママ「・・・・・・」
そうだね。そうそう、人間は変わるんですね。
何も言い返せなくなった、私であった。
Tag:こども
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